光検出器が新たな物理を探求する─ハイパーカミオカンデが迫る森羅万象と光技術

─具体的にはどのような性能が得られたのでしょうか

検出波長はだいたい300~600nmでピークは400nmくらいです。このときスーパーカミオカンデの量子効率は22%程度ですが,今回のボックスライン型は32%くらいまでいきそうです。これだけでは検出効率が2倍にならないのですが,電子の収集効率がスーパーカミオカンデの73%に対して95%と上がっていて,このふたつを合わせると2倍くらいの向上になります。

また,表面から入った光を検出するまでの時間が,以前は場所によってずれていましたが,今はどこから入ってもだいたい同じ時間で検出できるようになりました。他にも強度を上げたりと,いろんな工夫をしています。

このボックスライン型の光電子増倍管を140本作り,どれくらいの性能が出るのかを測ったところ,どの光電子増倍管もだいたい同じくらいの性能が出ていることがわかりました。スーパーカミオカンデに大量に取り付けて以前の光電子増倍管と相対的に比べたところ,時間分解能が3nsから1.5nsと半分になり,一光電子を見分ける分解能は54%から27%に,検出効率もスーパーカミオカンデを1とすると1.97と,約2倍になっていました。

─外側の検出器はどう使われるのでしょうか

地上に降ってくるニュートリノの殆どは地球の裏まで抜けて再び宇宙へ飛んで行ってしまいますが,ごくまれに止まります。私たちの手のひらの大きさには毎日約10兆個のニュートリノが届いており,スーパーカミオカンデではだいたい1日に20~30個が止まるので,これを観測します。

一方,ニュートリノと同じ宇宙線のミューオンも降っています。ハイパーカミオカンデを地下に作るのは,観測の邪魔になるミューオンを山が止めてくれるからですが,それでも数万分の1くらいの確率でハイパーカミオカンデまで届いてしまうことがあります。ミューオンは手のひらに1秒に一回という数が降っているので,これが数万分の1に減っても数としてはニュートリノよりも多く,ニュートリノと区別する必要があります。

ミューオンは山に入った瞬間から光り,検出器の中でも光り続けますが,ニュートリノは水にぶつかった瞬間から光り,タンクの外側では光りません。つまりタンクの外側が光るかどうかを見ることで,観測の邪魔となるミューオンとニュートリノを区別できるのです。

ミューオンはエネルギーが高く,強い光を出すので,外側の光検出器が小さめでも光は見えますが,内側のニュートリノの光は弱いのでなるべく大きな光検出器が必要です。一つ一つの光子が検出面の金属膜で光電子になって捉えられるのですが,数えられるくらいしか来ないので,月で懐中電灯を照らして,それを地球から見るくらいの感度が必要と言われています。それもただ見ればいいわけではなくて,ニュートリノがどういう性質を持つのかを詳しく検出する必要があります。そういう目的もあって,内側と外側では異なる検出器を使っています。

─ハイパーカミオカンデと競合するような計画はありますか?
T2K実験とニュートリノ振動(©Unification and Development of the Neutrino Science Frontier)
T2K実験とニュートリノ振動(©Unification and Development of the Neutrino Science Frontier)

このニュートリノ研究は非常に競争が激しい分野です。2015年にノーベル賞を獲った梶田さん(東京大学卓越教授梶田隆章氏)は1998年に大気ニュートリノ振動を発見しましたが,ニュートリノ振動には3種類あり,2001年に太陽ニュートリノ振動が見つかり,もうひとつの振動は2011年にその兆候を初めて日本のT2K実験が観測しています。

これは茨城県にあるJ-PARCという加速器から発した人工のニュートリノを,スーパーカミオカンデまで約300kmの地中を飛ばす実験です。同様の実験は海外でもいくつも行なわれていて,T2K実験の最初の結果はほんの数か月他に先んじただけでした。なので,日本がスーパーカミオカンデからハイパーカミオカンデに行くように,アメリカや中国でもこうした実験をさらに大型化し,それらがやはり同時期に始まろうとしています。

現在,ハイパーカミオカンデ計画と似た大型計画は他に2つあります。DUNE実験はアメリカで進んでいるもので,検出器に水ではなく液体アルゴンを使います。加速器からのニュートリノビームを使った実験で,一部の建設はもう始まっています。もう一つは中国のJUNO実験です。この実験も予算が付いていて,浜松ホトニクス製と中国製両方の光電子増倍管を混ぜて使うことを決めて購入も進めています。この実験は水ではなく,液体シンチレーターという油のような液体を使った装置を使います。

これら3つの実験が競合することになるのですが,それぞれに特色があります。ハイパーカミオカンデではバランスに優れていて,計画通り2027年に観測を始めることができれば,DUNEよりも早く結果が出せると我々は見ています。ハイパーカミオカンデの有効体積はスーパーカミオカンデの約10倍なので,スーパーカミオカンデ約10年分の観測が1年でできます。スーパーカミオカンデはもう20年以上稼働していますが,2~3年ハイパーカミオカンデが動けばそれを超えられるわけです。なので「CP対称性の破れ」は,ハイパーカミオカンデが競合するDUNEよりも先に発見できると見込んでいます。

一方,中国のJUNOは「陽子崩壊」を見ています。崩壊の中でもニュートリノとK中間子を放出するモードでは,JUNOの検出がこれからすぐ始まれば,ハイパーカミオカンデよりも先に新たな結果に辿り着くと予想しています。ただ,これも最終的にはハイパーカミオカンデの方が良く観測できるはずです。いずれにしてもハイパーカミオカンデは高い感度を持っています。観測を上手く,早く進めることで,陽子崩壊を発見できれば,素粒子について標準理論では説明できない部分を解き明かしてくれる,大統一理論と呼ばれる理論の存在を初めて実証できます。

他にも超新星爆発に伴うニュートリノはカミオカンデで1回見つかったきりですし,宇宙初期の超新星爆発によって漂っている超新星背景ニュートリノなど,見つかっていないものがいくつもあります。特に陽子崩壊の観測が見つかれば非常に大きな発見になります。

─ハイパーカミオカンデではノーベル賞級の発見が期待されています

期待している大きな発見の一つはやはりニュートリノで見る「CP対称性の破れ」ですね。CP対称性では名古屋大の小林さんや益川さん(名古屋大学特別教授小林誠氏,京都大学名誉教授益川敏英氏)がクォークについて説明してノーベル賞を取っています。レプトン(ニュートリノが属する分類)で発見できる可能性は高いです。

でも一番大きいのは「陽子崩壊」です。もし見つかれば,ノーベル賞級の発見と言われています。これまでずっと停滞していた物理理論が大きく飛躍しますので,ニュートリノ振動や超新星爆発ニュートリノの発見よりインパクトが大きいんじゃないかと思っています。

(月刊OPTRONICS 2020年6月号)

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