光検出器が新たな物理を探求する─ハイパーカミオカンデが迫る森羅万象と光技術

著者: sugi
◆西村 康宏(ニシムラ ヤスヒロ)
慶應義塾大学 理工学部 物理学科 准教授

2007年 東京大学大学院情報理工学系研究科京都大学理学部卒業。
東京大学大学院理学系研究科修士・博士課程修了。
福岡県北九州市に生まれ,物理を専攻して素粒子・宇宙線実験に携わってきた。
スイスのポールシェラー研究所で,素粒子のミューオン崩壊から新たな物理を探るMEG実験を行ない,博士(理学)を取得。
2011年からスーパーカミオカンデを使ったニュートリノ研究を行なってきた。
次世代のハイパーカミオカンデ用に大型光検出器を開発し,その建設を推進している。

2度のノーベル賞獲得につながった,カミオカンデ,スーパーカミオカンデに続くニュートリノ検出器,ハイパーカミオカンデの建設がいよいよ始まった。

素粒子を観察する「顕微鏡」であると同時に,太陽や超新星爆発を見る「望遠鏡」でもあるこの装置は,新たなに開発された4万本もの光電子増倍管が,超純水をたたえる深さ71mの超巨大水槽の壁面を埋め尽くす。飛騨の山々の地下深く,天空から降り注ぐ微かな信号は私たちにどんな真実を見せてくれるのだろうか。

今回,慶応義塾大学准教授の西村康宏氏に,ハイパーカミオカンデの概要とそこで使われる光電子増倍管について話を聞かせて頂いた。ハイパーカミオカンデもまた,ノーベル賞級の発見が期待されている。そこで主役となる光技術に今一度注目したい。

─ハイパーカミオカンデ計画がいよいよ動きます

ハイパーカミオカンデはスーパーカミオカンデの次世代として,陽子崩壊や超新星背景ニュートリノといったこれまで観測されてない事象を見つける新しい検出器で,2027年の観測開始を目指しています。スーパーカミオカンデから8kmほど離れた地下に,深さ71m,直径68mのタンクを作るための周辺工事を始めています。基本的な構造は同じですが,有効体積はスーパーカミオカンデの約10倍,世界で一番大きな閉鎖体積を持つ水チェレンコフ光検出器です。

カミオカンデ~ハイパーカミオカンデの大きさの比較(提供:ハイパーカミオカンデ研究グループ)
カミオカンデ~ハイパーカミオカンデの大きさの比較(提供:ハイパーカミオカンデ研究グループ)

ニュートリノという素粒子が水にぶつかり,電荷を持った粒子が飛び出て物質中の光速を超えるエネルギーを持つとチェレンコフ光が出ます。この非常に微弱な光を4万本の光検出器で捉えます。今回のプロジェクトは非常に大きく,スーパーカミオカンデの建設時は日本とアメリカが中心で,現在関わる研究者は百数十人ですが,今回は18カ国340名でさらに増える見込みです。

ハイパーカミオカンデではより深い物理が研究できるようになります。主に3つの目的があり,その一つがニュートリノ振動の全容解明です。

素粒子であるニュートリノには,電子ニュートリノ,ミューニュートリノ,タウニュートリノの3つがあり,ニュートリノには質量があると分かっていますが,3つそれぞれの質量の大小等もまだ分かっていません。これらがどういう風に混ざり合って振動しているのか,3つのニュートリノ振動の荷電空間(CP)対称性という電荷のプラスマイナスを逆にした「鏡の世界」がどう異なっているのかを観測します。

スーパーカミオカンデの内部(提供:東京大学宇宙線研究所	神岡宇宙素粒子研究施設)
スーパーカミオカンデの内部(提供:東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)

この世界が何もない状態から生まれたとき,プラスである我々の世界の物質に対して,マイナスである反物質も同じ数だけ生まれたと考えられています。しかし現在,反物質は見当たりません。つまりどこかでバランスが崩れています。そのバランスが崩れた可能性のひとつとして,「CP対称性の破れ」の大きさが絡んでいるという仮説があり,宇宙がどうやってできてきたのかを探る鍵となります。ニュートリノでこの破れを見つけようとしています。

次にニュートリノ天文学があります。重力波やブラックホールの影が見えたというニュースがありましたが,超新星爆発に伴う重力波はいわゆる電磁波ではなく重力の波です。超新星爆発では光は星が潰れてから出ますが,ニュートリノや重力波はその前に放出されるので先に見えます。ニュートリノを観測することで星の爆発を予測でき,その瞬間のニュートリノを見ることで,星が爆発していくメカニズムの探究ができます。また,宇宙ができてから起きてきた超新星爆発によるニュートリノは宇宙にたくさん漂っているはずですが,まだ見つかっていません。ニュートリノは物質をほとんど通り抜けるので,宇宙初期の超新星爆発の情報を持ったまま漂っています。それを見つけて詳しく観測することで宇宙の進化の歴史を知ることができます。

そして最後は非常にチャレンジングで重要な陽子(核子)崩壊の観測で,カミオカンデの最初の目的でもあったものです。例えば原子核の中の核子と呼ばれる陽子や中性子は,ある程度時間が経つと壊れることが新しい物理理論で予言されています。今のところ陽子は1034年位は壊れないと分かっていても,1035年辺りまで見ると壊れることを予想する理論モデルがあります。つまり,時間とともに宇宙は壊れていき,最後にはなくなってしまうことになりますが,本当に核子が壊れていればその様子を観測できる可能性があります。

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