月刊誌掲載文を一部修正しております。
1. 概要
我々はビームの偏光,および位相の分布を自由に制御することが出来る偏光変換素子として,液晶を用いた光学デバイスを開発してきた。本液晶デバイスは,ジョーンズ記法で表現できる全ての偏光・位相状態を生成でき,さらに,液晶デバイスの製作精度や駆動回路の性能が許す範囲の精細さで,任意の偏光を任意の分布で形成することができる。
2. 背景
ラジアル偏光(径偏光),アジマス偏光(方位角偏光),光渦等,断面内に偏光,位相の分布を持つビームが多数提唱されており1),顕微鏡2〜4),加工5),通信6),光トラップ7),粒子加速8)等,様々な既設光学機器に,多様な機能を付与する役割を果たすことが知られている。図1に示すように,これらのビームを作り出す素子は多数あるが,既設の装置に導入するためには,装置の大幅な改造を必要とするもの,顕微鏡などの光学機器に内蔵出来ないほど大型のものなどは選択肢には入りにくい。
そして現在,小型で手軽に入手出来る製品としてはおおよそ次の2製品,もしくは,これらの類似製品に限られる。まず,固定型の光学素子として,ナノフォトンのZ-polが製品としては販売歴が長い。これは,分割型の偏光素子の組み合わせでできており,十分に内蔵出来るほど小型であるが,偏光・位相分布の変更は素子の着脱によるしかない。また,用途によっては分割による影響が現れる。次に,ARCoptix社から発売されている液晶素子は,分割の問題がなく,液晶を用いているためON−OFFの切り替えが可能であるが,この装置単体では複数の偏光・位相分布を切り替えることはできない。
そして,我々も,ビーム断面内に偏光分布を発生させる液晶デバイス(本稿では旧PMCと称する)を開発し,ラジアル偏光,アジマス偏光をはじめとする偏光を生成して,主に顕微計測の分野において様々な機能を実現してきた9〜13)。しかし,旧PMCを含め,これらの製品がつくる偏光はラジアル偏光,アジマス偏光などの比較的単純な偏光に限られ,偏光素子をさらに組み合わせても偏光の選択肢は限られた。
一方,今後はビームの偏光・位相分布が焦点に与える影響を予測し,所望の焦点をデザインするフォーカスエンジニアリングの発展が予想される。しかし,本技術が要求するビームは単純なものであるとは限らず,楕円偏光も含めたより多様な偏光,および,それらの複雑な分布が求められる事態が予想される。
また,集光点近傍の媒質は光学的に一様,かつ等方的であるとは限らず,実用性の観点から,サファイアや液晶などの屈折率異方性を持つ媒質中や,液晶,さらには生体組織内などの光学物性を予め知り得ない複雑な媒質など,様々な媒質中でも正しい焦点を結ぶ必要がある。このためには,入射ビームに予め媒質の影響を加味した補正をかける必要があり,ここで求められる入射偏光は楕円偏光を含むあらゆる偏光状態が選択肢に含まれる。
そこで我々は,このような目的に対し現実的な手段を与えるための液晶デバイスとして,新たにPMCを考案し,旧PMCより多様な偏光状態を作り出す液晶デバイスと製造装置の開発を行ってきた14)。本液晶素子は小型,簡便,低価格であり,原理的には液晶ディスプレイと同程度まで精細な偏光・位相分布の生成が可能であり,さらに,液晶が苦手とする高強度光に対しても十分な耐久性を付与することにも成功した。