3. イベントベース計算撮像による光沢・透明物の外観検査
3.1 原理
我々が提案する検査手法の核心は,イベントカメラと照明方向変調光源の組み合わせにあり,光沢・透明物体における異常箇所を効率的に捉えることを可能とする。照明方向変調光源とは,検査領域への光の入射方向を動的に変化させられる光源を指す。原理説明の簡略化のため,ここでは一つの点光源が円環軌道上を移動する構成を例として考える(図2)。

光沢表面では,正常箇所は表面の滑らかさにより法線方向が均一に保たれている。これに対し,キズや汚れといった異常箇所では微小な凹凸の存在により法線方向にばらつきが生じる(図3)。こうした表面形状の相違が,光の反射挙動に顕著な差をもたらす。正常箇所においては,入射光は表面の平滑性から,主として正反射(鏡面反射)方向へ集中的に反射される。このとき,反射光の向きは入射角と反射角が等しくなる反射法則に基づき,極めて指向性の強い反射となる。我々の手法では,正反射光を直接捉えない位置へカメラを設置するため,正常箇所からの反射光はカメラに届かない。結果として,光源を移動させても正常箇所での輝度は変化しない。

これに対し異常箇所では,表面の微小な凹凸により法線方向が不規則となり,入射光が多様な方向へ散乱される拡散反射が起こる。この拡散反射成分の一部がカメラの観測方向へ向かうことで,光源の移動に応じて観測輝度が刻々と変動する。特に,キズのような線状欠陥では方向依存性のある散乱パターンを呈し,点状欠陥では等方的な散乱を生み出すため,欠陥の形態や性質により特有の輝度変動パターンが観測される。
光源の移動により引き起こされる輝度変化の時系列パターンは,欠陥の幾何学的特性と強く結びついている。例を挙げると,表面に対して垂直で深いキズでは光源角度の変化に対し急激な輝度変動を示し,浅い擦れキズでは穏やかな輝度変動となる。このように,イベントカメラが捉える輝度変化の時空間パターンから,欠陥の種別や程度を推定することも可能である。
さらに,我々の手法では,光源の配置や点灯パターンを設計・制御することにより,検出性能の最適化が図れる点も特長である。リング光源を用いる場合,光の回転周期や照射角度を時間的に変化させることで,特定種類の欠陥に対する検出性能を高めることができる。これにより,検査対象や求められる検出性能に合わせたカスタマイズが実現可能となる。
3.2 システム構成
提案手法の有効性を実証するため,プロトタイプシステムを構築した。本システムは,検査対象に対し垂直方向に設置したイベントカメラ,カメラ光軸を中心に回転するリングLED光源,光源を制御する制御装置,そしてイベントデータの取得および異常判定を行う解析ソフトウェアから成る(図4)。

イベントカメラには,Prophesee社製EVK4を採用した。空間解像度は1280×720画素であり,前述の通り,各画素が独立して非同期に1 μsの時間分解能で輝度変化を検出する。カメラの設置位置は検査対象表面に対して垂直とし,ワーキングディスタンスは対象物のサイズと要求される検査視野に応じて設定する。一般的には,200 mm~500 mmの範囲内で調整する。
光源装置は,複数のLEDをリング形状に並べた構造となっている。カメラ光軸を中心として設計しており,リング径は検査対象に合わせて調整する。各LEDの点灯消灯タイミング,輝度,色を独立して制御でき,順番に点灯することであたかも一つの光源が回転移動するような照明を実現する。
解析ソフトウェアでは,取得したイベントデータに対しリアルタイムでクラスタリング処理を行う。時空間的に近傍のイベント群をクラスタ化し,各クラスタの幾何情報や密度情報等を算出する。これらを特徴量とし,機械学習ベースの識別器によって,正常箇所と異常箇所を判定している。
本手法は,生産ラインへの実装で重要となる移動物体検査にも対応できる。物体の移動速度が既知の場合,イベント発生時刻に基づいてイベント座標を補正すれば,静止している場合と同様の手順で検査できる。さらに,物体の移動による輝度変化も追加的なイベントとして利用できるため,光源変化による輝度変化が小さい微細な異常の検出も容易になる。移動速度が未知の場合であっても,個々のクラスタに依存しない大局的な移動方向を推定すれば,ある程度の対処ができる。