1. はじめに
製造業における重要課題の一つは,光沢・透明物の外観検査である。外観検査とは製品外観にキズや汚れ,欠けなどの異常がないかを確認し,品質を保証する検査のことである。近年の深層学習ベースの画像認識の発展に伴い,製造業における外観検査の自動化が進んでいる。一方で,メッキ加工された光沢物や光学レンズのような透明物は画像として捉えることが難しいため,画像認識の応用が困難となっている。結果として,光沢・透明物製造における外観検査では,未だに目視に頼らざるを得ない状況が続いている。目視検査には高い熟練が必要である一方,検査員の高齢化と担い手の不足のため,効率化および自動化の早急な対応に迫られている。光沢物については,異なる方向の照明下で撮影された複数の画像間の陰影を用いた表面法線の復元手法である照度差ステレオ法1)の応用が進む一方で,多様な形状への対処には,長い計測時間と処理時間を要するという課題がある。透明物に対しては,透過光の偏光状態からキズ検出2)できるが,物理的制約により透過系を構成できない場合は適用できない。
これらの課題に対し,本稿では,イベントカメラと計算撮像を組み合わせることで,光沢・透明物を対象とした高速外観検査を可能とする技術について紹介する。イベントカメラとは,輝度を計測する従来カメラとは異なり,一定以上の輝度変化が発生したことを検出する特殊なカメラである。これに加え,我々の独自性として,光学的な情報符号化と計算機による情報復号を融合する計算撮像を組み合わせる。従来の画像認識では,情報圧縮された画像というデータを入力とするのに対し,計算撮像では,計算機による復号処理を前提として,画像になる前の情報豊かな光を対象に符号化を実施する点が特徴である。我々はこの独自技術をイベントベース計算撮像と呼び,溶液濃度計測3)や物体形状計測4)などに応用している。本稿では特に,イベントベース計算撮像を用いることで,光沢物や透明物の表面(もしくは内部や裏面)における異常個所として,キズや汚れ,気泡などを検出する方法5)について説明する。
2. イベントカメラの基本原理
従来の外観検査における課題解決に向けて,我々はイベントカメラという革新的なカメラに注目した。このカメラは,従来のフレームベースカメラとは全く異なる撮像原理で動作する。通常のカメラでは,全画素の輝度値を一斉に取得し,一つのフレーム画像として構成する。対照的に,イベントカメラでは各画素が独立して動作し,輝度変化量が設定された閾値に達した瞬間に限って「イベント」データを生成する。生成されるイベントデータには,発生時刻t,画素座標(x, y),そして輝度変化の極性p(増加時は正,減少時は負)という情報が含まれる(図1)。

イベントカメラには特筆すべき性能特性がある。一つ目は高時間分解能であり,約1 μsという応答速度を実現する。通常のカメラが約1 msであることと比べると1000倍の高速性を誇り,高速で移動する物体を撮像してもモーションブラーの発生を抑制できる。二つ目は広ダイナミックレンジで,約120 dBという広い輝度範囲をカバーする。通常のカメラの約70 dBと比べて格段に広く,明暗差の大きい環境でも輝度変化を同時捉えることができる。三つ目は低消費電力性で,約500 mWという電力で動作し,通常の約10 Wに対して20分の1程度という省電力を達成している。さらに,輝度が変化した箇所だけを記録する方式のため,通常のカメラに対してデータ量を約90%削減できるという高効率性も持ち合わせている。