単層カーボンナノチューブ光アイソレーターの研究開発

3. 新技術

3.1 概要

本研究で取り組んでいる技術は,冷却原子を用いることなく,SWCNTのCDを活用した,室温動作かつ小型の光アイソレーターである。SWCNTのCD特性と,ONF表面に発生する円偏光という2つの物性を組み合わせることで,一方向にのみ光を透過させる機能を実現している。本デバイスは,ONFにSWCNTを付着させたシンプルな構造を持つ。光の進行方向により,ONF表面に現れる円偏光の回転方向が反転するため,これとSWCNTのCDとの選択的な相互作用により,一方向性の光伝播が可能となる。さらに,SWCNTのカイラリティによって吸収波長が異なるため,適切なカイラリティを選択することで,さまざまな波長帯に対応したデバイス設計が可能である。本技術は,小型光デバイスの構成要素として有望である。

3.2 SWCNT光アイソレーター

図3にSWCNT光アイソレーターの原理を示す。本デバイスは「透過軸が一致する2つの偏光子」と,その間に配置された「CDをもつSWCNTが付着したONF」から構成される。ONFを伝搬する光は,順方向では反時計回り円偏光σ+,逆方向では時計回り円偏光σ–が表面に漏れ出す。順方向では,入力光は偏光子Aにより直線偏光となり,ONF表面にσ+が漏れ出すが,時計回りのSWCNTとほとんど相互作用しないため光は透過する。一方,逆方向では,入力光は偏光子Bにより直線偏光となり,ONF表面にσ–が漏れ出すと,時計回りのSWCNTと強く相互作用し,光吸収・散乱が発生して透過光が大幅に減衰する。このように,ONFにSWCNTを付着するだけで光アイソレーターとして機能するシンプルな構造であり,小型化に優れる。さらに,CDを有する他の材料を使用すれば,同様の機能を実現可能である5)

図3 SWCNT光アイソレータの原理図。
図3 SWCNT光アイソレータの原理図。
3.3 実証実験1:1本のSWCNT

本技術の有効性を検証するため,SWCNTを1本のみ付着させたONFを用いた実験を行った。図4に示すように,ファイバーベンチ上に構築された光学系において,Polarizing Beam Splitterで直線偏光を生成し,中央のSWCNTが付着したONFを通過させ,パワーメーターで透過光の強度を計測した。使用したSWCNTは,カイラリティおよび巻き方が既知の試料を産総研の田中先生・片浦先生より提供いただき使用した。初期の実験では,マイクロピペットでONFにSWCNTをランダムに付着させたが,位置や密度の制御が困難であった。低濃度溶液を用いることで,SWCNTが1本だけ付着した条件を実現し,順方向と逆方向での透過率を比較したが,大きな差は確認されなかった。この結果は,1本のSWCNTでは吸収可能な光量に限界があることを示している。したがって,機能発現のためにはSWCNTの密度を高める必要がある。

図4 実験システムとイメージ。
図4 実験システムとイメージ。
3.4 円偏光の制御

ONF表面に発生する円偏光には強度分布が存在し,その強さはONF半径aの位置で最大となる1)。また,ONF表面上では方位角φに応じた強度分布を示す。図5に示すように,入力直線偏光の方向に応じて,ONFの上下に異なる方向の円偏光が生成される。さらに,図4に示したλ/2波長板を回転させることで,直線偏光の方向を調整でき,それに伴い円偏光の位置もONF表面を回転する。したがって,SWCNTの付着位置を適切に制御することが重要となる。

図5 ONFに入力した直線偏光の角度と漏れ出す円偏光の位置関係。
図5 ONFに入力した直線偏光の角度と漏れ出す円偏光の位置関係。
3.5 実証実験2:多数のSWCNT

同一カイラリティのSWCNTをONF上に密度・位置制御して配置する技術を開発し,その有効性を検証した5)図6に示すように,多数のSWCNTが付着したONFを用いた実験を実施した。走査電子顕微鏡(SEM)像の観察により,ONFの直径が625 nmであり,SWCNTが広範囲に付着していることを確認した。同様に作製した試料を用い,図6の下部に示した透過率を計測した。ONFの右側から光を導入した場合,時計回り円偏光σ–が表面に漏れ出し,透過率は約100%であった。一方,ONFの左側から導入した場合,反時計回り円偏光σ+が表面に漏れ出し,透過率がノコギリ波形を示し,入力偏光角度に依存して最大で約80%まで低下した。このことから,SWCNTはONFの片側面にのみ付着できていることが示唆された。

図6 複数同一カイラリティSWCNTを付着させた際の透過率。
図6 複数同一カイラリティSWCNTを付着させた際の透過率。

4. まとめ

本研究により,SWCNTの円偏光二色性と光ナノファイバー表面に発生する円偏光の性質を活用した,室温・小型光アイソレーターの原理実証が行われた。SWCNTを1本付着させた場合には透過率に大きな差が見られなかったが,多数のSWCNTを密度制御して配置することで,一方向の光透過が選択的に実現されることを確認した。現時点では,最大でも約80%の透過率低下にとどまっており,On/Off比をさらに高めるためには,SWCNTの付着密度や位置の最適化が今後の課題である。将来的には,本技術を応用することで,電子回路のような小型かつ高速な光論理回路の構築が可能となり,情報通信技術の飛躍的な発展に寄与すると期待される。

参考文献
1)F. Le Kien et al., Opt. Commun. 242, 445 (2004).
2)C. Sayrin et al., Phys. Rev. X 5, 041036 (2015).
3)X. Wei et al., Nat. Commun. 7, 12899 (2016).
4)H. Liu et al., Nat. Commun. 2, 1 (2011).
5)入田賢 et al., 特願2023-112654 (2023. 7. 7).

■Research and Development of Single-Walled Carbon Nanotube Optical Isolators
■Masaru Irita
■Research Institute for Science and Technology, Tokyo University of Science

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