東京大学の研究グループは,巨視的な量子現象である3次元半導体中での励起子ボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)を直接可視化することに成功した(ニュースリリース)。
ボース・アインシュタイン凝縮は,量子統計性という量子論の原理の自然な帰結として,低温高密度で同種のボース粒子群が単一の状態に凝縮するという現象で,相互作用なしで生じる相転移。
生じる凝縮体は,マクロでありながら量子性を示すことから,それを人工的に生成し制御することは,量子コンピューターなどの量子技術への応用上も重要。特に,半導体や金属中の電子系が示す巨視的量子現象は,エレクトロニクス技術との親和性も高く重要となる。
その中で,バルク半導体中の励起子のボース・アインシュタイン凝縮は,60年前に理論的に予言されたものの未だ観測はされておらず,現代物理学の長年の懸案だった。
研究グループは,この未解決問題を解決するべく研究を続けてきた。まず2ケルビンでの探索において,BECが観測できなかった原因について定量的な検討を行なった。検討の過程でパラ励起子の寿命や,二体衝突に起因する励起子消滅のレート等の励起子BECの可否を決する重要な基礎パラメータについて,高精度な定量評価を行なってきた。
励起子密度の定量評価を実現する方法として,中赤外領域に生じる励起子の内部遷移吸収を利用する方法を開発した(励起子ライマン分光法)。その結果,パラ励起子の密度が上がるにつれ励起子同士が二体衝突で消滅してしまう過程が高い頻度で生じることに原因があると突き止めた。
この結果を踏まえ,より低密度でのBECを引き起こすことを目指した。具体的には液体ヘリウム3を冷媒とする冷凍機に切り替えて,2ケルビンより更に励起子を低温(0.8ケルビン)に冷やし,BECが起きる条件の密度を下げて実験を行なった。
励起子を半導体中の微小空間に捕獲するような3次元ポテンシャル(トラップポテンシャル)を導入し,励起子を作るためのレーザー光の励起条件も工夫することで,入射パワーを極力抑えて結晶の加熱を防いだ。
その結果,励起子BECへの転移条件を満たした際,トラップ中の励起子に自発的な高密度状態形成に起因する「緩和爆発」と呼ばれる現象が生じることを観測した。この現象の観測により,BEC転移が確かに起きていることを捉えていると確認した。しかしながら,凝縮体は直ちに緩和爆発してしまうため,凝縮体そのものを直接捉える事は課題として残された。
研究グループはこの成果が人工量子系を利用した量子コンピューターのエラー制御とも密接に関わるほか,開発した希釈冷凍機温度での様々な新しい観察技術は,今後の量子技術開発にも役立つしている。