分子科学研究所は,ほぼ絶対零度に冷却した2個の原子を光ピンセットを用いてミクロン間隔で捕捉し,レーザーで操作することによって,世界最速の2量子ビットゲートの実行に成功した(ニュースリリース)。
冷却原子型量子コンピュータは,光ピンセットを用いてミクロン間隔で整列させた冷却原子をベースにしている。光ピンセットで捕捉された原子は極めて純度の高い量子力学的な性質(ミクロな波の性質)を持っており,その1個1個が量子ビットとして機能する。
これらの原子は周囲の環境系からよく隔離されており,互いの原子同士も独立しているため,量子ビットのコヒーレンス時間(量子の波の性質が持続する時間)は数秒に達する。
量子コンピューティングに不可欠な基本演算要素の2量子ビットゲートは,リュードベリ状態と呼ばれる巨大な電子軌道への励起を通じて実行される。実験ではレーザー冷却によって絶対温度1ケルビンの10万分の1程度の超低温に冷やした気体のルビジウム原子2個を光ピンセットでミクロン間隔に並べ,10ピコ秒の超短パルスレーザー光を照射した。
すると,隣り合った2個の原子(原子1と原子2)それぞれの5S軌道に閉じ込められた電子2個が,超短パルスレーザー光を吸って巨大な43D電子軌道(リュードベリ軌道)にたたき上げられ,2個の原子の間で電子エネルギーが周期的に行き来する様子が観測された。
この原子間のエネルギー交換には,2つの原子の量子状態が持つ「符号」を変化させる性質があるため量子ゲート操作へ応用できる。この現象を使って,原子の中の電子の状態である5P電子状態を“0”状態,43D電子状態を“1”状態とする量子ビットを用いた量子ゲート操作を行なった。
原子1と原子2のそれぞれを量子ビット1と量子ビット2として準備し,超短パルスレーザーでエネルギー交換を誘起させたところ,エネルギーの行き来1周期分(=6.5ナノ秒)の間に,量子ビット1が“1”状態の時だけ量子ビット2の重ね合わせ状態の符号が反転し,2つの波の山同士が揃うように重ねた“0”+“1”状態から,2つの波の山と谷が揃うように重ねた“0”-“1”状態へと変化する様子が観測され,2量子ビットゲート(制御Zゲート)が世界最速の6.5ナノ秒で動作していることを確認した。
この超高速量子ゲートはノイズよりも2桁以上速く,ノイズの影響を無視することができる。冷却原子型の量子コンピュータは他の方式と比べて大規模化が容易で高コヒーレンスな点で潜在能力を有しているという。研究グループは今回の成果が,冷却原子型ハードウェアへの注目を大きく加速させるものだとしている。