東京大学と産業技術総合研究所は,無秩序な分子集合体から結晶核が形成される過程を原子分解能透過電子顕微鏡でスローモーション映像として記録することに成功した(ニュースリリース)。
結晶化現象は,その原子レベルでの詳細なメカニズムに関して議論が続いてきたが,決定的な成果が得られていない。
東大では「原子分解能単分子実時間電子顕微鏡(SMART-EM)イメージング法」とよばれる,分子1つ1つ,さらには単分子のみならず分子集合体の動きを動画撮影して記録する研究を行なってきた。今回,研究グループはSMART-EMイメージング法と新規に開発した試料調製法とを組み合わせた。
研究は塩化ナトリウム(NaCl)水溶液を水分散性円錐状カーボンナノチューブ(CNT)に内包させ,その後乾燥により水を除去することで,CNT内部に導入されたNaClが真空下で結晶化する様子を撮影した。原子レベルでの実時間観察は,円錐という異方的な形状がCNT先端におけるNaCl分子の自己集合・核形成を誘起し,さらにCNT内部というナノメートルサイズの制限空間が分子拡散を抑制することで達成された。
撮影された動画では,CNTの先端部に1nm程度のNaCl結晶核が再現性よく繰り返し形成される様子が捉えられた。この結果は,適切な空間を設計することで,制御困難とされてきた核形成過程を原子レベルで精密に制御することが可能であることを示すものであり,結晶サイズや結晶多形制御手法としての展開が予測されるという。
また,従来の手法では研究の対象となり得なかった結晶化以前の分子集合体が,離合集散することで結晶に類似した秩序だった構造と無秩序な構造との間を行き来していることが明らかになった。
これまで,結晶化以前の分子集合体の性質・構造は明らかにできなかったが,今回の原子分解能での連続高速撮像(40ミリ秒/フレーム)により,これらの集合体が結晶とは異なり極めて流動的な構造を持つことが実証された。この結果は,核形成過程において分子集合体のサイズだけでなくその構造ダイナミクスが重要な役割を果たすことを示唆しており,1分子ごとの振る舞いを観察することによって見いだされた新たな知見だという。
今回達成された結晶化過程の直接観察は,結晶化現象をはじめとする自己集合過程や相転移現象をミクロな視点から研究できる可能性を示したもの。新たな研究展開につながるだけでなく,望みの形状や性質を持つ新材料を分子レベルでの観察に基づいて設計・開発するといった,革新的分子技術への応用が期待されるとしている。