東京大学の研究グループは,半導体材料の熱伝導率を内部のナノ構造によって低減することを目的として,機械学習と分子シミュレーションを組み合わせたマテリアルズ・インフォマティクス(MI)で最適なナノ多層構造を設計し,作製,評価することで熱伝導率の最小化に成功した(ニュースリリース)。
2017年に研究グループは計算科学に基づくMIによって,熱伝導率を最小あるいは最大にする最適構造を設計する手法を開発した。しかし実験による実証はできておらず,ナノスケールにおける構造の作製と物性の計測に基づく最適構造の実現が望まれていた。
研究グループは今回,MIによるナノ構造の熱伝導率の最低化の実証,およびフォノンの波動性を最大限に生かしたナノ構造の同定とメカニズムの解明を進めた。材料系としては,原子レベルで超格子構造を制御する技術が半導体分野で成熟しているガリウムヒ素(GaAs)とアルミニウムヒ素(AlAs)の組み合わせを採用した。結晶軸がそろっていて,膜厚を精密に制御した超格子構造を作製できることから,この研究の対象として適している。
まず,原子グリーン関数法によるフォノンの波動的輸送計算とベイズ最適化手法による機械学習を交互に組み合わせることにより,熱伝導を最小化する最適化された非周期的超格子を設計した。
次に,設計した最適構造を分子線エピタキシー法により実際に作製し,時間領域サーモリフレクタンス法で熱伝導率の温度依存性を計測した。その結果,実験において設計通りの熱伝導率と温度依存性が得られ,この手法による非周期超格子構造および熱伝導物性の最適化を実証した。また,最適な非周期的超格子の熱伝導率は従来の周期的超格子よりも大幅に小さくなった。
さらにメカニズムの解明を進めたところ,非周期的超格子の各部位が特定の周波数のフォノンを干渉させ,伝搬を遮断していることが分かった。熱伝導にはさまざまな周波数のフォノンの輸送が寄与するが,影響する周波数の異なるさまざまな局所的な構造をつなぎ合わせたものが最適非周期構造であることが明らかになった。なお,これは干渉などのフォノンの波動的な性質を利用してはじめて実現されるという。
こうしてナノスケールでの構造制御技術と熱伝導計測技術によって,MIを用いたナノ構造による熱伝導の最適制御を実験で実証することに成功した。この成果は今後,熱電変換材料など,電気伝導率や機械的特性を維持しながら熱伝導率を低減できる熱機能材料の開発に役立つことが期待されるとしている。