理化学研究所(理研)の研究グループは,シリコン量子ドットデバイス中の電子スピンにおいて,高い精度を持つスピン交換操作の実装に成功した(ニュースリリース)。
量子コンピューターの制御には,1スピンの操作に加えて,2スピン間の制御を行なう2量子ビットゲートが必要。電子スピン量子ビットでは,これまでに高い精度の1スピン操作が実証されているが,二つのスピン量子ビットの操作は,半導体母材中の核スピンによる磁気的雑音に加えて,電荷不純物による電気的雑音の影響を受けることから,高い精度での実装が困難だった。
研究グループは,シリコンスピン量子コンピュータで一般的に用いられている,シリコン/シリコンゲルマニウム量子井戸基板上に微細加工を施すことで量子ドット構造を作製して実験を行なった。具体的には,P1およびP2ゲート電極の先端直下に形成された二つの量子ドットに電子を一つずつ閉じ込め,それらの電子スピンを操作することで行なった。
スピン交換相互作用を制御する際に問題となる電気的雑音の影響を,次の二つの方法によって低減した。電気的雑音の影響は,電子の感じる電場(およびその電場によるスピン交換相互作用)の時間的変動として現れるが,この電場の変化に対する応答は,ゲート電圧による電場の変化に対する応答とほぼ同じと見なせる。
そこで,試料設計や動作条件を最適化することによって,スピン交換相互作用のゲート電圧に対する感度を小さくすることに成功し,電気的雑音がスピン交換相互作用に与える影響を低減した。また,スピン交換相互作用を量子ビットの周波数(350MHz程度の高周波)で交流変調(正弦波状に変化)することで,低周波電気的雑音の影響をさらに低減した。
上記の方法によって,二つのスピン状態の間のラビ振動を観測した。その結果,理想的なほぼ減衰のない振動が観測され,高い精度でスピン操作が行なわれたと考えられるという。
さらに,スピン操作の精度を検証するため,ランダム化ベンチマーキングと呼ばれる方法を用いた評価を行なった。この評価法では,ランダムなスピン交換操作の回数に対するシーケンス忠実度の指数関数的減衰から,量子ビット操作の精度(忠実度)を測定することができる。今回の測定では,同種のスピン交換操作の報告例の中では世界最高となる99.6%の忠実度が得られた。
シリコン量子ドット中の電子スピンでは,今回の結果に加え,既に長い量子情報保持時間,高精度の1スピン操作,スピンの量子非破壊測定など量子コンピュータ実現に向けた基本要素が実証されており,大規模量子コンピュータの実現に向けた研究開発が期待できるとしている。