沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究グループは,安価でより使いやすいクライオ電子顕微鏡を開発した(ニュースリリース)。
クライオ電子顕微鏡は,生体試料に高エネルギーの電子を発射することで機能する。 電子は生体分子内の原子と相互作用して散乱し,進行方向を変える。その後散乱電子は,検出器に当たり,特定の散乱パターンを用いてサンプルの画像を作成する。
しかし高エネルギーでは,電子が非常に早いスピードで突き抜けてしまうため,サンプル内の原子との相互作用が非常に弱く,この散乱は比較的少数しか発生しない。生体分子は,炭素,窒素,水素,酸素などの原子質量の低い元素で主に構成されている。これらの軽い元素は,高速電子には実質的には見えない。
これとは対照的に,低エネルギーの電子はゆっくりと移動するので,軽い元素とより強く相互作用を起こし,その結果,散乱事象がより頻繁に生じる。しかし,この低エネルギー電子と軽い元素との間における強い相互作用については,標本を取り囲む氷の層においても電子を散乱させ,生体分子を取り巻くバックグラウンドノイズを生成してしまうため,利用することが難しい。
この問題を克服するため,研究グループは顕微鏡を調節し,異なるイメージング技術であるクライオ電子ホログラフィに切り替えた。
ホログラフィックモードでは,電子銃が低エネルギー電子のビームを試料に向けて発射し,電子ビームの一部が氷と試料を通過して物体波を形成する一方で,電子ビームの他の部分は氷のみを通過して参照波を形成する。電子ビームの2つの部分は,池で波紋が衝突するように相互に作用し,明確な干渉パターン,つまりホログラムを形成する。
検出器はホログラムの干渉パターンに基づき,試料による散乱と氷膜による散乱を区別できるため,ビームの2つの部分を比較し,従来のクライオ電子顕微鏡では検出することが困難な電子からの追加情報を取得することも可能となる。
低エネルギー電子は,高エネルギー電子よりも氷によって散乱される傾向がある。そのため,サンプル調整も水和酸化グラフェンの薄片を使用し,生体分子を所定の位置に保持し,より薄い氷の膜を形成できるようにした。また,結晶氷の形成を防ぐための措置を講じた。
このハイブリッドクライオ電子顕微鏡の解像度は最大数nmと低いが,使いやすく,従来のクライオ電子顕微鏡の予備実験にも使えるという。
今後,研究グループは,電子銃をより高品質の電子ビームを生成するものに変更することにより,画像の分解能をさらに向上させることを目指して研究を進めていくとしている。