東京農工大学の研究グループは,染色不要で生体観察できる次世代の顕微鏡技術として注目されているコヒーレントラマン顕微鏡の分野において,装置コストを削減しつつデータ取得速度を大幅に高速化した新たな顕微鏡システムの開発に成功した(ニュースリリース)。
通常のコヒーレントラマン顕微鏡では,波長の異なる2つ以上のパルスレーザーを用意し,さらにパルス光のタイミングを完全に合わせる必要がある。そのため,システムが複雑かつ高価となり,それがこの技術の普及を阻む大きな障害になっていた。研究グループでは,この先端顕微鏡をレーザ1台だけで実現する「位相制御コヒーレントラマン顕微鏡」を開発し,生命科学分野での有用性を示してきた。
この単一ビーム方式のコヒーレントラマン顕微鏡は,簡素かつ安価という利点がある一方で,周波数分解能を高くしようとすると,検出に用いるパルスの波長幅を狭くする必要があった。検出パルスの波長幅を狭くするとラマン信号強度が強く取れないため,この方式では周波数分解能と画像取得速度の性能を両立することが難しいという課題があった。
今回新たに開発した顕微鏡システムでは,1台のレーザー装置から出てくるパルス光を3つのパルスに分割し,それぞれの時間波形を精密に制御してから試料に照射することで,単一ビーム方式の信号取得性能を大幅に向上させた。
1つ目のパルスは10~20フェムト秒の超短パルスで,試料の分子振動を強制的に開始させるために用いる。その直後に,残り2つのパルス光を同時に照射すると,波長の違いにより光の時間波形に「うなり」が生じる。コヒーレントラマン過程では,うなりの周波数と一致する振動数の分子振動を起源とする光信号を取り出すことができる。その信号量を光検出器で測定しながら,レーザー集光点の位置を動かしていくことで,化学物質の濃度の情報を画像化することができる。
開発した新システムでは,従来のように検出パルスの波長幅を狭くする代わりに,研究グループが培ってきた波形整形技術を駆使して,信号検出に用いる2つのパルスのうなりの周波数幅を狭くすることに成功した。これにより,周波数分解能を保ったまま,従来の単一ビーム方式と比較して1/200以下の時間で画像データを取得できるようになった。
この顕微鏡を使って撮像すると,1つの画像の中の明るさの濃淡(信号強度)がそのまま化合物の濃度分布となるため,生体組織の外から与えた薬剤が,どこにどれくらいの量だけ吸収されるのかを画像から解析することが可能になる。この技術は,例えば皮膚外用薬や点眼薬の開発などに応用できる可能性がある。この他にも,食品,化粧品などの品質評価,印刷用インク等の有機材料や半導体素子の性能評価など,広範な産業分野への展開が期待されるとしている。