オプティカルコーティング(3)

図9 誘電体膜のHRコーティングは,フレネル反射の増加的干渉(Constructive Interference)を利用して金属膜反射鏡のそれよりも高い反射率を実現する
図9 誘電体膜のHRコーティングは,フレネル反射の増加的干渉(Constructive Interference)を利用して金属膜反射鏡のそれよりも高い反射率を実現する

5. 高反射コーティング
高反射(Highly Reflective;HR)コーティングは,レーザーや他の光源からの光を反射し,その際の損失を最小化するために用いられる。反射中の吸収や散乱は,スループットの減少や潜在的なレーザー誘起損傷につながる。HRコーティングは,レーザービームの光路の折り返しやレーザーキャビティのエンドミラーなど,一般的なレーザーオプティクスアプリケーションに用いられる。

表2 EO標準の金属膜ミラーコーティングの反射率スペック
表2 EO標準の金属膜ミラーコーティングの反射率スペック

金属膜ミラーコーティングは,反射アプリケーションの多くに用いられるが,レーザーアプリケーションでは,標準の金属膜ミラーコーティングよりも高い反射率が求められる傾向がある。このため,レーザーミラーには,金属膜ミラーコーティングではなく,より高い反射率が実現できる誘電体多層膜のHRコーティングが通常用いられる。金属面は,結合の弱い電子が入射光の波を受けると,大きなインピーダンスや障害を受けることなく自由に振動するために光を反射する。しかしながら,どの金属も入射光をある程度吸収してしまう。このため,金属膜ミラーコーティングにハイパワーレーザーを用いると,損傷を受けやすくなる。

表3 EO標準の誘電体膜HRレーザーコーティングの反射率スペックとレーザー誘起損傷保証閾値。他の波長は,ご要望に応じて特注コーティング設計に対応
表3 EO標準の誘電体膜HRレーザーコーティングの反射率スペックとレーザー誘起損傷保証閾値。他の波長は,ご要望に応じて特注コーティング設計に対応

誘電体膜HRコーティングは,フレネル反射中に増加的干渉(Constructive Interference)によって光を反射する。HRコーティングは,フレネル反射を最小化するために減殺的干渉(Destructive Interference)を利用するのではなく,同反射を最大化する増加的干渉を利用しており,ARコーティングとは正反対の目的になる(図9)。この増加的干渉は,特定波長域で反射率を最大化するために選ばれた高屈折率層と低屈折率層を交互に積層することによって起こる。ブラッグ反射鏡としても知られるλ/4誘電体膜ミラーでは,各層は設計波長の1/4の厚さに対応している。この層の厚さは,真空中の波長ベースではなく,材料内での波長ベースになる。

図10 直線偏光の電場方向は伝搬方向に沿った単一面に制限されるのに対し,円偏光の電場方向は振幅の大きさが等しく,かつπ/2の位相差を持つ2つの直交成分で構成される。楕円偏光の電場方向は,どの振幅条件でも成り立ち,かつ0かπ/2以外の位相差を持つ2つの直交成分で構成される
図10 直線偏光の電場方向は伝搬方向に沿った単一面に制限されるのに対し,円偏光の電場方向は振幅の大きさが等しく,かつπ/2の位相差を持つ2つの直交成分で構成される。楕円偏光の電場方向は,どの振幅条件でも成り立ち,かつ0かπ/2以外の位相差を持つ2つの直交成分で構成される

誘電体膜のオーバーコートも,金属膜ミラーの取り扱いを改善し,金属膜の耐久性を向上させ,膜の酸化を防ぎ,また特定波長域での金属膜コーティングの反射率を高める。金属膜コーティングは,保護用のコーティングが施されていない場合は非常にデリケートで,取り扱いや洗浄の際には特別な注意を要する。保護膜の付いていない金属膜コーティングの表面を一切触れてはいけないし,洗浄も清潔な乾燥エアー以外行ってはいけない。誘電体膜コーティングの付いた金属膜ミラーの洗浄は,イソプロピルアルコールかアセトンを用いることができる。当社標準の金属膜ミラーコーティングのリストを表2に,当社標準の誘電体膜HRレーザーコーティングのリストを表3に紹介する。

6. 偏光依存性コーティング
偏光依存性コーティングは,入射光の偏光を操作するようにデザインされている。偏光は,レーザービームの焦点やフィルターのカットオフ波長に影響を与え,また不要な戻り反射を防止することができる。偏光依存性コーティングは,偏光板や波長板,そしてビームスプリッターのような部品に見られる誘電体の薄膜コーティングを通常採用している。

図11 p偏光とs偏光の直線偏光は入射面の向きを基準にして定義される
図11 p偏光とs偏光の直線偏光は入射面の向きを基準にして定義される

反射や透過に対して最も重要になる2つの直交する直線偏光状態を各々p偏光とs偏光と呼ぶ。p偏光(pはドイツ語のparallelに由来)は,入射面に対して平行な電場面の直線偏光,対するs偏光(sはドイツ語senkrechtに由来)は,同面に垂直な電場面の直線偏光を指す(図11)。

光は電磁波であり,その電場は光の伝搬方向に対して垂直な面で振動している。光は,その電場方向が時間と共にランダムに変動する時,非偏光になる。太陽光やハロゲンライト,LEDスポットライトや白熱球のような光源の多くは非偏光である。偏光した光というのは,光の電場方向をきちんと定義できる。最も一般的な偏光した光源というのがレーザーになる。

偏光は,その電場の方向から3つのタイプに分類される(図10):
・直線偏光:光の電場が伝搬する方向に沿った一つの面に制限される。
・円偏光:光の電場が振幅の大きさの等しい互いに直交する2つの成分で表され,その位相差がπ/2にある状態。これによって,電場は光の伝搬する方向を軸に円の軌道を描きながら回転する。回転する方向に依存して左回り円偏光と右回り円偏光がある。
・楕円偏光:光の電場の振幅の大きさが異なる,あるいは位相差がπ/2以外の直交する2つの成分で表される状態。これによって,電場は光の伝搬する方向を軸に楕円軌道を描きながら回転する。円偏光や直線偏光の光は,楕円偏光の特殊なケースと見なせる。


■Optical Coating 3
■Edmund Optics Japan Co., Ltd.

<お問合せ先>
エドモンド・オプティクス・ジャパン㈱
TEL: 03-3944-6210
E-mail: tech@edmundoptics.jp
URL: www.edmundoptics.jp

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