◆高木 康博(タカキ ヤスヒロ)
東京農工大学 大学院工学研究院 先端電気電子部門 教授
1986年 早稲田大学理工学部応用物理学科卒業
1988年 同大学院理工学研究科修士課程修了
1991年 同大学理工学部 助手
1992年 同大学大学院理工学研究科博士後期課程修了,博士(工学)
1994年 日本大学文理学部 専任講師
2000年 東京農工大学大学院 准教授
2014年 東京農工大学大学院 教授
現在に至る
現実世界とCGを重畳してAR表示するスマートグラスは,Google Glassが一般市場から撤退したように,その見た目や大きさから個人消費者向け製品は苦戦している。
現在,表示部や光源,バッテリーなどをさらに小型化し,普通の眼鏡と大きさや外観が変わらないようなスマートグラスの研究開発が進められているが,究極的には眼鏡に頼らず,眼球に直接装着できるスマートコンタクトレンズが実現できれば,こうした問題は解決できる。
今回,独自の表示方法でその実現を目指す,東京農工大学教授の高木康博氏にお話を伺った。日本発であり,メタバースでも活用が見込まれるこの技術,日本のデジタルデバイス復権の契機としても期待したい。
─研究のきっかけについて教えてください
人間は外界情報の8割を視覚から取得しているので,人とデジタルを融合する技術としてHMDやスマートグラスを通じてディスプレーと人間が一体化してきています。今後はARの視覚インターフェースが重要になりますが,現在のHMDは頭に被るため使い勝手が悪く,スマートグラスの開発が進んでいます。スマートグラスにはプロジェクターの映像をレンズで反射するタイプと,レンズの中を導波路のように全反射させて目の前に持ってくるタイプがあります。しかし究極的にはコンタクトレンズがディスプレーになれば,頭部にデバイスを載せる煩わしさも,デバイス自体が視界を遮ることもありません。
コンタクトレンズディスプレーの開発は2011年,ワシントン大学がコンタクトレンズの中に1個のLEDとアンテナを配置し,無線給電で光らせるという論文を発表しました。恐らくこれが最初の研究です。その後,写真だけですがLEDの数を8×8にしたり,ウサギの目に入れたりした報告もあります。この研究者はGoogleに移って開発を続けたのですが,ディスプレーにするのは難しかったようでヘルスモニタリングに舵を切り,コンタクトレンズにグルコースセンサーを取り付けています。
2013年にはベルギーのゲント大学から液晶素子を入れたコンタクトレンズが発表されています。写真ではドルマークが写っていますが,マトリクス電極ではなく,実はドル型の1ピクセルなので映像と言えるか微妙です(笑)。開発した人はその後IMECに移り,やはりディスプレーは難しいということで,スマートコンタクトレンズとして人工虹彩や多焦点レンズを搭載する方向に進んだようです。
このように,コンタクトレンズディスプレーの実現は難しいと思われていたのですが,2020年アメリカのベンチャーMojoが,「Mojo vision」いうコンタクトレンズディスプレーをCESで発表して大きな話題となりました。14,000 dpi,解像度約256×256のマイクロLEDディスプレーは0.5 mm角の六角形と小さく,目の前にあっても気にならないという考え方です。画像も小さいですが,目の動きに合わせて画を切り替えて大きな画像の表示を実現するそうです。回路をディスプレーの周囲に丸く作りこむ必要がありますが,これは共同開発するメニコンの強膜コンタクトレンズという,厚さが5 mmくらいある特殊なコンタクトレンズの中に入れ込むようです。