─どんな光学素子でシステムを組んでいますか?
定盤は4.2 m×1.5 m のサイズで,振動を避けるために空気浮上式のものを使っています。室温は常に23℃くらいに保っていて,普段は空気の揺れを防ぐために,宝石店のショーケースみたいに周囲に風防を付けていて,調整やデータをとるときだけ外します。ミラーなどは99.9 %以上反射するコーティングのものをドイツのLAYERTECに特注で作ってもらっていますが,それでもやはり0.1%ぐらいはロスがあります。
ただ現状だとミラーよりも透過型の部品,例えばレンズやEOM(電気光学変調器)といった部品のロスの方が大きいですね。 1か所あたり高くてせいぜい1%ぐらいのロスでも,システムのトータルで蓄積してしまい,現状では量子の世界のスタートから最後に測定するまでに10%ぐらいはロスがある感じです。
できる限り設計を工夫してロスを減らしていますが,ちゃんと動く光量子コンピューターを作るとき,空間中にミラーを置いていくようなスタイルでは限界が目に見えています。将来的には空間中に光を飛ばさない,可能な限り低損失で繋げたファイバーのシステムとして作るとか,光導波路のチップにする研究も盛んにされていますので,その方がトータルの損失を減らせる可能性があると思います。
─ループ型の実現に特に必要な技術はありますか?
ループ型の量子コンピューターは,足し算をして66ナノ秒後に次のパルスが来たら今度は掛け算というように,演算のタイプをパルスごとに切り替える必要があります。そのためにビームスプリッターの透過率や光の位相を瞬時に切り替えて,かつそれを低損失に行なう機構を開発しました。
縦偏光と横偏光の二つの光を,偏光ビ ームスプリッターで一つの軸に乗せ,それをEOMに通して電圧をかけると偏光を回転できます。縦横の偏光が同軸に乗った後に偏光を回してもう一回縦横で分離すると,二つの光が混ざって出てくるので,EOMの電圧を66ナノ秒ごとに切り替えれば,ある意味透過率に相当する値を2%ぐらいのロスで変えられます。
私のループ方式は時間的に切り替えるのがポイントなので,この仕組みによって低損失に66ナノ秒ごとにいろんな計算が時々刻々と処理できることが大きな技術ポイントになっています。
─次のステップは何でしょうか?
私の光量子コンピューターは,最近シンプルなプロトタイプで簡単なデモ実験ができたという段階です。簡単な計算はできますが,ロスの問題から複雑な計算は難しいというのが現状です。その損失やエラーを減らすのはもちろんですが,それも限界があるので,効率よくエラーが直せるようなエラー訂正の仕方を見つけるのも重要な課題です。
─実験装置などに注文はありますか?
内閣府のホームページに「量子技術イノベーション戦略ロードマップ」というものがあります※。いろんな量子コンピューターの今後何10年のロードマップに,こういう技術が必要で,これぐらいの段階でこういうものを作りたいというのが載っています。その光量子コンピ ューターのロードマップは私が作っていて,そこに今後必要になる物も書いています。
量子コンピューターは低損失である必要があるので,そうした結晶や,光導波路回路,スイッチ,変調器,さらに光子検出器や光子数識別器といった検出器も必要です。色々な企業さんから今後何が必要かとよく聞かれるので,是非それを見てください。
実験室にNTTが作ったデバイスがあるのですが,そのデバイスは導波路型の結晶で,シングルパスでスクイーズド光が出てきます。それがすごく優秀で,今までよりスクイーズド光を簡単に作れますし,光量子コンピューターの処理の高速性にも貢献しています。置き換えていくだけで光量子コンピューターの性能がどんどんアップデートされていくようなものなので,光が強いメーカーさんも要素技術などで使えそうなものがあれば,ご検討いただけるとうれしいと思います。
─海外の研究が先行する印象もありますが日本の現状をどう捉えていますか?
確かに主流の超伝導方式では米国や中国などが先行していますが,勝負はまだ全く決まっていません。日本は量子コンピューターのいくつかの代表的な方式において世界トップクラスの研究者がそろっており,同時並行で様々な方式の研究を進めていますので,十分にチャンスがあります。
ただ,現状は人材の面で問題があると思っています。いろんな量子分野の研究室や先生に大きな予算がついて,新しい人を雇ってどんどん研究を進めたいのに,人がいなくて奪い合いになっています。逆に量子分野の若手から見ると,そういった中間的で任期付きの研究ポストはたくさんあるものの,最終目標として見据える任期のない魅力的な研究ポストは大学や研究所に劇的に増える状況にはありません。量子の研究に興味があってもキャリアパスを描きにくいので,別の分野に行ってしまう人もいます。
実際,量子分野の若手研究者には優秀で成果をあげている方も多いのに,いろんな大学や研究所を任期付きの身分で渡り歩くことをずっと繰り返していて,なかなか任期の無い身分になれないのは厳しい状況ですね。量子分野の優秀な人材を活かすとともに,次世代の人材を育てていくために,大学にもっと量子に関するポストや研究室が増えてほしいと思います。それと同時に産業界でも量子分野にチャンスを見出していただいて積極的に量子分野の優秀な人材を雇用してもらい,量子分野の人材がいろんなところで活躍できるようになるといいと思っています。
(月刊OPTRONICS 2023年04月号)