─超伝導方式に対する光のメリットとデメリットは何でしょうか?
まず,光は室温大気中で量子の性質を保つことができます。温度がある環境では熱雑音がありますが,私たちが暮らす20℃位の室温が持つ熱ノイズよりも光子1個のエネルギーの方が桁違いに大きいので,光子からするとほぼノイズの無いクリーンな環境に見えます。一方,超伝導では量子ビット1個分のエネルギーが小さく,室温環境だとノイズに埋もれてしまうので,周囲を冷やして周りに雑音がないクリーンな環境にする必要があります。
それと,光子は空間を光の速度で進んでいくのに対し,超伝導の一か所にずっととどまっている性質は,量子コンピューターの作り方にも影響します。超伝導の量子コンピューターは量子ビットが一か所にあって,そこに外から指令を送って計算をさせますが,光はずっと動いているので,その通り道に沿って部品を置くことで計算をしていきます。光は動くからこそ通信にも使えますし,量子通信や量子インターネットといった分野は必ず光子が主役です。
一方で,光子は相互作用,より厳密に言うと非線形の相互作用が苦手です。基本的に光子と光子が空間でぶつかっても,お互い何も影響も及ぼさずに素通りしてしまう。お互いにあまり影響しないという意味でエラーが起こりにくいとも言えますが,量子コンピューターでは,二つの光子にうまく相互作用してもらい連携プレーで計算をする必要もあります。
光の粒の性質を使う伝統的な光量子コンピューターだと,この相互作用を効率よく引き起こすのは至難の業ですが,振幅と位相という連続的な自由度を使った私達の方式では,相互作用に相当するものも結構簡単に実装できる方法が最近見つかっていますので,これから試していく段階です。
これに対して超伝導の場合,チップ上に量子ビットの回路パターンを置いて,その間を線で繋ぐことで相互作用をコントロールすることができます。量子ビット間に簡単に相互作用を引き起こして,2個の量子ビットの間で連携プレーのような計算がやりやすいと言えます。
ただ,光量子コンピューターは実現できればオールマイティになるという点と,先ほどのようにセンサーや通信といったアプリケーションが多いので,万一量子コンピューター競争で負けても,培った技術はそういったところで必ず使われます。そういう意味では光量子コンピューターはやりがいがある分野だと考えています。
─よく比較されるビット数はどうでしょうか?
超伝導の最先端はIBMで433量子ビットのマシンを発表しています。光は短いパルス1個が量子ビット1個となりますが,私たちがやっている方式は現状のプロトタイプだと最大で3量子ビット相当しか扱えませんので,ビット数では全然かなっていません。ただ,我々の方式はループを大きくしていくだけで中の光のパルスの数が増やせるので,量子ビットの数は増やしやすい方式だと思っています。
例えば現状のプロトタイプマシンだと,パルスの間隔は66ナノ秒です。その間に光は20 mぐらい進むので,ループの長さは20 m×量子ビット数,つまりパルスの数になります。単純に考えると,例えば1 km位の光ファイバーのループなら50~100個ぐらいのパルスが収まります。
ただ,光ファイバーにも長さに応じたロスがあり,光子の量子ビットは途中でロスを受けて無くなると情報が壊れて直せないので,実際には光ファイバーの長さにも制約があります。そこで,光ファイバーを長くする代わりに,66ナノ秒というパルスの間隔を一桁二桁縮めてパルス数を増やせる可能性は充分にあります。
─光源にはどんなレーザーを使っていますか?
波長1545 nmのCWファイバーレーザーです。レーザ ー自体が持っている位相や振幅のノイズが影響を及ぼすので,そうしたノイズができるだけ小さいものを選んでいます。具体的には,浜松ホトニクスが買収したデンマークのNKTフォトニクスのレーザーを使っています。この波長で量子の光の実験をする人たちはこのレーザーを使っている人が多いですね。今作ろうとしているマシンは通信波長の1545 nmを使っていますが,1つ前のプロトタイプでは860 nmでした。
この波長帯は昔から光子1個が高効率に測れる半導体の光子検出器が結構簡単に入手できたからです。一方,通信波長帯まで波長が長くなると,光子1個のエネルギーがどんどん小さくなって半導体の検出器はもちろん,他に測る技術もありませんでした。しかし,最近は超伝導光子検出器によって,1.5 μm付近の光子であっても非常にいい効率で測れるようになりました。通信波長帯はファイバーとの相性も良いので,今は1545 nmを使っています。
─検出器が超伝導ということは冷凍機が必要ですね
確かにそこの部分だけは必要です。超伝導量子コンピ ューターだと数10ミリケルビンまで冷やす必要があるので,希釈冷凍機という馬鹿でかいドラム缶みたいな装置を使うんですが,私たちが使っている超伝導光子検出器は数ケルビンぐらい冷えれば動作するので,装置自体はそんなに大きくありません。しかも冷凍機に入れるのは検出器の部分だけで,実際に計算を行なうメインの部分はすべて室温大気中にあるので大きな負担ではありません。
超伝導の量子コンピューターの場合は冷凍機の中にメインのチップがあって,そのチップを制御するためにいろんな配線をしないといけません。その配線が室温にあるデバイスと繋がっているので,その大量の配線を繋げるのがすごく大変で,ネックになっています。なので,冷やさないといけないという制約はそういう意味でもすごく重いと感じています。
─レーザーからどのように単一光子を作り出すのでしょうか?
レーザーから光子1個を作るには,PPKTPという非線形光学結晶を使っています。二次の非線形光学効果を持つ結晶で,PPは周期分極反転構造です。最終的に1545 nmの量子的な光,スクイーズド光を作るのですが,そのために二次の非線形光学効果を使います。ポンプ光として半分の波長の772.5 nmの光を入れてあげると周波数が半分,波長が二倍になる形でスクイーズド光が作られ,ここから量子の世界が始まります。
もう少し正確に言うと,この結晶はシングルパスだと充分な変換効率が出ないので,三枚のミラーで囲んで三角形型の共振器にすることで変換効率を上げています。一光子を作ったり,量子もつれを作ったりできるスクイーズド光は,量子研究において主役級の光です。