─そもそも先生がこの研究がされた背景をお聞かせいただけますか?
5,000cm-1に広がった可視光を当てると,いろんなラマン活性な分子振動モードが同時に励起されます。誘導ラマン過程は波長の異なる二光子が作用しているため,スペクトルの形に依存して励起されやすい分子振動モードも変化するのではないかと考えました。
糖化合物は様々な保護基をつけ,ある条件下で特定の保護基のみを脱保護していくことがよくあります。今回使用した糖は,3種類の保護基を持っていますが,励起の仕方によって,違う保護基が脱保護されないかと期待していたところ,予想外に気化してしまいました。ですので,もともと気化させようと思ってやったわけではありませんでした(笑)。
─今回の研究で使用されたフェムト秒レーザーについてお聞かせください
使用しているフェムト秒レーザーはスペクトラ・フィジックス社製のフェムト秒レーザー(Spitfire)です。非同軸光パラメトリック増幅器(NOPA)のシステムを構築し,このレーザーから出ている100-fsのパルス光を,可視5-fsパルス光に変換して使っています。15-fs程度であれば簡単にパルス幅を圧縮できますが,15-fsから5-fsに圧縮するまでが大変でした。反射型回折格子と可変形鏡を用いるパルス圧縮系の,回折格子の角度,回折格子と可変形鏡との距離を調整することで,パルス光の時間分散を補正し,5-fsまで圧縮するのに1年以上かかりました。
このように発生させた5-fsパルス光を分光に使用する際には出力光をビームスプリッタで10:1に分け,ポンプ光とプローブ光として使用します。結晶化するときには,1:1に分け,例えばそれぞれの光路に異なる偏光板を入れ縦・横偏光の関係を比較したり,セルの形状依存性,溶媒効果など,様々な比較実験を行なっています。
─そのレーザーを購入されたのは先生が今回の研究を始めた時でしょうか?
研究は2014年頃からスタートしましたが,レーザー装置は2011年頃に購入しました。先ほどお話した,さきがけ研究で購入した装置で,現在は分光以外にも使用しています。
─今回の研究で特にご苦労された点はありましたか?
実は,5-fsパルス光はとっても不安定です。市販の装置とは異なりスイッチ一つで発振してはくれません。そのため,48時間照射しようと思っても10時間くらいで気が付くと,もう光が見えなくなっていることも多く,どのようにして長期安定に発生させるかが,一番大変でした。
5-fsパルス光は物理的な制約(フーリエ限界の関係)から広帯域光であり,短波長側と長波長側の光の屈折率が大きく異なります。そのため,空気中の湿度が変わるだけでも,パルス圧縮条件が大きく変化します。手伝ってくれた学生さんは,窓ガラスにアルミを貼り付けるなどの部屋の環境コントロールから苦戦しました。如何にして安定したパルス光を長時間発生させるかの試行錯誤は2~3年続きました。最近では徐々に安定して発振するようになってきていますが,悩ましいのは季節によって発生条件が変わってしまうことです。夏は特に厳しく,冬しか実験ができないというのも,私たちを悩ませていることです(苦笑)。ですから,今回の研究で再現性確認の実験には,相当の時間を要しました。