─先生の今回の成果について,具体的に教えていただけますか?
今回使用した化合物は糖化合物,お砂糖の一種なのですが,一般的に食品のお砂糖を加熱すると炭化するのは,皆さんご存知だと思います。この糖化合物も,常圧,もしくは減圧下で加熱するとやはり炭化してしまいます。つまり,この糖を気化させることはできません。
本来は先ほどお話したように,糖に5-fsパルス光を当てて光・熱反応とは違う新反応を誘起させることを狙っていたのですが,なぜか5-fsパルス光を当てると,糖が,セル内で溶液表面から3cmくらい上部の,セルの上壁の角部分に結晶として現れるという,不思議な現象が見つかりました。連続写真で見る限り,気相中から結晶が析出しているように見えます。
なぜ5-fsパルス光を当てると糖が気相中に現れるのか?と不思議に思い,実際に分光してみることにしました。今回用いた糖は,300nmよりも短波長側に吸収を持っており,525~725nmに広がる5-fsパルス光を照射しても一光子吸収しないため,電子状態は励起できません。ところが,帯域幅を持っているため,5,000cm-1以上に広がっているパルス光を当てたことにより,その中の2光子が作用して,ラマン活性な種々の分子振動が,電子基底状態において誘導ラマン過程により励起されていることが,分光の結果として示されました。
加熱による熱反応というのは,もともと複数の分子振動を励起して引き起こしている反応ですから,おそらくラマン活性な複数の分子振動を励起することで,たまたま気化に相当するエネルギーを得た分子が溶液中から気相中に飛び出したと考えています。もともと気体として安定な分子ではないため,セルの角など,恐らく傷があって結晶ができやすい所に,昇華結晶として現れたと推測されます。これが,今回発表した内容です。
─分光ではどのようなことを計測されたのでしょうか?
可視領域の5-fsパルス光によるポンプ・プロープ測定を用いて,どの分子振動モードが励起されているのかを調べました。糖化合物のC-O-C伸縮振動や,溶媒であるメタノールのC-O伸縮振動など,分極した化学結合であり,かつ,ラマン活性な分子振動モードが励起されたみたいです。
また,溶媒も実は一緒に励起されているため,溶媒和した糖として気相中に飛んでいるのか,あるいは溶媒がたまたま沸騰する中で,一緒に飛び出していくのか,その辺りの細かいメカニズムは分からないところもありますが,かなり変わった現象として,気相中から結晶が出てくる様子がカメラで見えている状況にあります。ただ,これは論文を見ていただくと,びっくりされると思いますが,パルス光を48時間も照射しています。
─照射し続けて気化状態にもっていくということでしょうか?
はい。パルス光を当て始めて10分後くらいから小さい結晶は析出していますから,おそらくたまたまうまく気化して昇華した分子が少しずつ溜まっていくわけです。結局のところ,分光とは異なり,X線結晶解析をしようと思うと48時間近くパルス光を当てないとなかなか解析可能な大きさの結晶が得られないため,最初の頃は長時間照射し続けて,いろいろと実験をしていました。それがいつの間にかデフォルトの条件になってしまいました。