フェムト秒レーザーによる分子間反応の可視化に挑戦

◆岩倉 いずみ(イワクラ イズミ)
神奈川大学 工学部 教授
2005年9月 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士課程修了
2005年10月~2006年3月 日本学術振興会特別研究員(PD)(慶應義塾大学)
2006年4月~2008年9月 日本学術振興会特別研究員(PD)(電気通信大学)
2008年10月~2012年3月 科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業「光の利用と物質材料・生命機能」さきがけ研究員
2010年4月~2012年3月 広島大学大学院理学研究科化学専攻助教
2012年4月 神奈川大学に着任
2020年4月~現職

今回のインタビューには,神奈川大学工学部・教授の岩倉いずみ氏にご登場いただいた。岩倉氏はこの3月,10-fsと極限的に短い可視レーザー光を用いることで,分子振動をコヒーレント励起し相転移を誘起する,有機分子の昇華結晶化手法の開発を発表。その論文はNature姉妹紙の『Communications Chemistry』に掲載されている。

岩倉氏の研究室では,化学反応遷移状態の可視化に基づく反応機構解析に取り組んでおり,フェムト秒レーザーを用いた新たな反応開発にも挑戦している。今回発表された成果もその一つで,本誌編集部では,岩倉氏が開発したフェムト秒レーザーによる有機分子の昇華結晶化手法とともに,今後の研究の方向性などについて話を伺った。

─レーザーによる研究に携わるようになられた経緯をお聞かせいただけますか?

学生の頃は化粧品の開発に興味があり,有機合成化学の研究室で博士号を取得しました。レーザーの研究を始めたのはポスドク時代からで,それまでは有機合成化学の分野で有名な向山光昭先生の系列研究室に在籍し,理論計算を用いた有機反応の機構解析をメインとした研究を行なっていました。

ところが,たまたま大学のオムニバスの講義で小林孝嘉先生(現・電気通信大学・客員教授)のお話を聞き,「遷移状態が見えるなら,これまでシミュレーションしてきた反応を直接見てみたい」と思い,小林先生に連絡をとったのです。先生は快く引き受けてくださり,日本学術振興会の研究員として小林先生の研究室で一からレーザーの勉強を始めました。

その頃,私に色々とノウハウを教えてくださったのが,小林先生の研究室に当時助教でいらした,いま台湾国立交通大学にいらっしゃる籔下篤史先生です。これが縁で,現在でも共同研究を続けています。

─有機反応の遷移状態を実際に見るところからレーザー研究をスタートされたのですね

はい。化学反応に伴い,どの結合がどのように切れて,いつどの結合ができるのかという分子構造変化を実際に見ることができると知り,小林先生が開発したサブ5-fsパルスレーザー分光にものすごく惹かれたというのが,レーザーの世界に足を踏み入れたきっかけです。

当時,これに関して小林先生は,いとも簡単に見えるようなお話をされていたので,「面白そう」だと実際に飛び込んでみたところ,自力では全く5-fsパルス光を発生できずに面を食らいました(笑)。最初は,籔下先生に負んぶに抱っこの状態で,分子内光反応の遷移状態分光に挑戦しました。

先ほど私は化学の出身と言いましたが,合成反応の多くは加熱して反応させます。5-fsパルス光発生に徐々に慣れてくると,熱反応が見えなければ意味がないと思い,どうにかして光を用いて熱的な刺激を与えて熱反応を可視化したいという思いのみで,さきがけ(科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業の一つ)に応募しました。『増原さきがけ』の研究テーマとして分子内熱反応の遷移状態分光に挑戦しました。
増原 宏 氏(現,台湾国立交通大学・教授)

そこで発見したのが,疑似熱反応を誘起するコヒーレント分子振動励起反応です。最近は,疑似熱反応が誘起できるのであれば,熱反応を見るよりも,コヒーレント分子振動励起反応を用いて光反応や熱反応とは違う新しい反応を生み出せないかと思い,再び合成化学にも挑戦しています。偶然,合成反応ではなく気化反応が見つかり,今回,5フェムト秒パルスレーザー光を用いて,分子振動をコヒーレント励起し相転移を誘起する,有機分子の昇華結晶化手法を開発しました。この論文はNature姉妹紙の『Communications Chemistry』に掲載されています。ですので,さきがけ研究の発展が,今回の成果につながりました。