4.3 スイッチ(温度センサー)
有機薄膜光回路内での経路切り替えを行うスイッチについては,機能性材料を用いることなく,ポリマーの熱光学効果を利用するのみで構成可能である。スイッチの構成要素は図7(a)に示すとおりであり,伝送路の上部に,Tiヒータや電極パッド,その間の配線を形成する。
有機薄膜光回路は,周囲を空気に囲まれていることから熱の逃げ場がなく,低電力で極めて大きな温度変化を得ることが可能となる。FEMにより,ヒータを通電したときの温度分布を解析した後,それを用いて伝送路の屈折率変化(波長1550 nm)を計算した結果を図7(b)に示す。ヒータを通電し加熱することで,周囲の温度上昇に応じてポリマーの屈折率が低下しており,およそ3μWの消費電力で0.007程度の屈折率変化が得られることが見て取れた。これを用いてマッハツェンダー導波路やリング共振器内の位相をコントロールすることでスイッチングを行うことが可能となるのは,通常の熱光学スイッチと同じである。
また,「周囲を空気に囲まれていることから熱の逃げ場がない」という特性を生かして,温度センサーの集積も可能である。例えば,有機薄膜光集積回路内にリング共振器をアレイ状に配置し,それらの一部分が熱源に触れたときの位相差を読み取るというような構成が考えられる。
4.4 受光器
受光器の性能を決める要因は,素子を構成する材料の光吸収効率,光吸収により生成されたフォトキャリアの移動時間,などが挙げられる。これらを鑑みて,本研究では,受光器の光吸収層として2次元系材料であるグラフェンを用いる。本研究で用いる受光器の構造を図8(a)に示す。コア層の直下にグラフェンが配置されており,そこで生成したフォトキャリアを左右の電極から横方向に引き抜く構造とする。
解析によって得られたグラフェンの光学定数(図2参照)を用いて,本構造に対してFEMによる2次元モード解析を行った。図8(b)に,受光器の有効屈折率と吸収係数のグラフェンの化学ポテンシャル依存性を示す(入射波長は1550 nm)。2節でも述べたように,グラフェンの光学特性は,化学ポテンシャルの位置を制御することによって様々に変化する。ここでは,グラフェンを受光器の吸収層として利用する目的から,化学ポテンシャルは0 eV近傍を用いることとする。このとき,素子の吸収係数は100/cm程度になることが見て取れた。これは,素子長230μmで90%以上の光吸収を得ることができることを意味しており,有機薄膜光集積回路用途として十分妥当なものであると言える。
併せて,グラフェンの化学ポテンシャルを0 eV近傍と仮定して,受光器の波長依存性を計算した結果を図8(c)に示す。波長帯域1300−1700 nmの範囲において,吸収係数は80−120/cmとなり,大きな変化がないことが見て取れる。
4.5 変調器
変調器についてもグラフェンを用いることで機能性を実現する。変調器の概要は図9(a)に示すとおりである。受光器の構造と酷似しているが,グラフェンの下部にサイトップクラッド層を介して金属電極が配置されているのが相違点である。本電極から電圧印加を行うことで,グラフェンの化学ポテンシャルの位置を制御し,バンド間吸収に起因する誘電体的特性からバンド内吸収に起因する金属的特性へと変化させることが可能になる。サイトップは耐圧性に優れた有機材料(1−3 MV/cm)であり,変調器においては,光伝送路のクラッド層としての効果に加えて有効な絶縁膜としての役割も担う。
FEMによる2次元モード解析により得られた,変調器の有効屈折率と吸収係数のグラフェンの化学ポテンシャル依存性を図9(b)に示す(入射波長は1550 nm)。これにより,グラフェンを吸収変調層として利用する目的から,化学ポテンシャルは0.4 eV近傍で制御することが有効であることが見て取れる。このとき,素子の吸収係数は100/cmから25/cmに変化することから,これによって強度変調を行うことができる(素子長を230μmとした場合,–10 dBから–2.5 dBの強度変化に相当)。
併せて,グラフェンの化学ポテンシャルを0.385 eVから0.405 eVで変化させると仮定して,変調器の波長依存性を計算した結果を図9(c)に示す。波長1550−1600 nmの範囲において,大きな吸収係数の変化が見て取れる。