【解説】動物細胞ながら,光合成もできるプラニマル細胞とは

東京大学,理化学研究所,東京理科大学,早稲田大学は,藻類の葉緑体を動物培養細胞に移植し,動物培養細胞内で光合成反応を検出することに成功した(ニュースリリース)。

今から12〜16億年前に,光合成細菌が動物細胞に共生した結果,藻類が出現,葉緑体が誕生したと言われている。動物細胞は葉緑体を異物として認識して消化するため,葉緑体を動物に移植することは困難だった。

研究グル―プは,原始的な藻類・シゾンから光合成活性を持つ葉緑体を単離することに成功し,その葉緑体をハムスターから作製された培養細胞・CHO細胞に取り込ませる方法を開発した。従来法は使わずに,CHO細胞の貪食作用を高めることで,葉緑体をCHO細胞に取り込ませることができた。

その結果,CHO細胞に最大45個の葉緑体を取り込ませることに成功した。葉緑体を取り込んだ場合もCHO細胞の増殖は阻害されず,正常に細胞分裂を行なった。また,蛍光レーザー顕微鏡解析や超解像顕微鏡で細胞断層像を撮影した結果,取り込まれた葉緑体はCHO細胞の細胞質に存在しており,その一部は細胞核の周りを取り囲むように配置していた。

CHO細胞内の葉緑体を詳細に解析するために,電子顕微鏡を用いた。その結果,単離された葉緑体は光合成に関与する酵素が配置されるチラコイド膜の構造が維持されていることが分かった。この葉緑体をCHO細胞に取り込ませると,葉緑体は膜に包まれた状態で細胞質に存在しており,取り込まれてから2日間は,チラコイド膜の構造が保持された。葉緑体がCHO細胞の細胞核の外膜に接触している様子やミトコンドリアに取り囲まれている様子も確認された。

そこで,マイクロメートルレベルの微小領域の光合成活性を測定できる顕微イメージング・パルス変調計測法を用いて,CHO細胞内に取り込まれた葉緑体の光合成活性を測定した。測定の結果,シゾン葉緑体はCHO細胞内に取り込まれてから2日間は光合成活性を保持していたが,4日目に入ると,その活性は著しく減少した。これは,チラコイド膜の構造が崩れるタイミングと一致している。

今回開発した葉緑体移植法により,動物細胞に2日間,光合成活性を持つ葉緑体を保持させることに成功した。さらに,移植した葉緑体が動物細胞内でより長く光合成活性を維持するための技術開発を進めている。また,今後は,移植した葉緑体から発生する酸素量や動物細胞内で固定される二酸化炭素量を,同位体標識法を用いて定量していく必要がある。

研究グループは,植物の能力を動物に付与したプラニマル細胞の創製を目指して研究を続けており,今回の葉緑体移植法の開発は,その突破口になるとしている。

【解説】研究グループがその創生を目指すプラニマル細胞とは,植物の光合成に関連するゲノム情報と葉緑体をまるごと持った動物培養細胞のことです。今回,研究グループでは,原始的な藻類から光合成活性を持つ葉緑体を単離し,その葉緑体をハムスターから作製した細胞に取り込ませ,2日間維持させることに成功しました。

我々人間をはじめ,他の動物や植物を食べることで栄養源を確保する動物は,他の生命に従属しているため,「従属栄養生物」と呼ばれます。一方,植物のように光エネルギーを利用し,大気中の二酸化炭素や水から有機物を合成する光合成を行なう生物は「独立栄養生物」と呼ばれます。

もし,動物が葉緑体を持って光合成ができれば,動物にとって最低限必要なビタミンやアミノ酸だけを摂取し,炭素源となる米や小麦などの炭水化物は自力で光合成して賄えばよいことになり,念願かなって食物を得るための労働(他の生命への従属)からある程度解放されることになります。

もちろん,人間に光合成能力を付与させるとなると心理的な抵抗も大きく,倫理的な問題もあるでしょう。一方,家畜などの動物に光合成能力を付与すれば,温室効果ガスの排出を大きく減らせる可能性が出てきますし,高騰する飼料の削減にも資することが想像できます。ただし,売れるかどうかは葉緑体入りの肉の味次第,といったところでしょうか(もちろん緑色では食欲もわきませんが)。【デジタルメディア編集長 杉島孝弘】

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