東京大学,理化学研究所,高輝度光科学研究センターは,生きた哺乳類細胞の姿を観察できる軟X線顕微鏡を開発した(ニュースリリース)。
水を透過し炭素に強く吸収される水の窓軟X線を用いて顕微観察を行なうことで,小さな生体細胞の姿を明瞭に捉えることができる。しかし,軟X線には放射線ダメージにより細胞の構造を破壊してしまうという致命的な問題があった。
10フェムト秒レベルの超短パルスX線を照明光に用いることでX線ダメージを無視してイメージングができるとされており,コヒーレント回折イメージングと呼ばれる観察手法を用いてウイルスやバクテリアの生きた姿の観察が可能となっている。
しかし,サイズの大きな哺乳類細胞に対してはコヒーレント回折イメージングを利用できず,生きた哺乳類細胞はこれまで観察できなかった。
研究グループは,独自に開発した軟X線用結像光学素子であるウォルターミラーとX線自由電子レーザー(XFEL)を用いて,広視野の結像型超短パルス軟X線顕微鏡を開発した。顕微鏡はXFEL施設SACLAで構築した。
SACLAでは,高輝度かつ超短パルスの軟X線を利用できる。ウォルターミラーにより最大50μmx50μm程度の広い視野が得られるため,さまざまな哺乳類細胞を視野に収めることができる。さらに,ウォルターミラーには強力なSXFELの照射に耐え,色収差が無いためさまざまな波長での観察に容易に対応できるという特長がある。
開発した顕微鏡を用いたシングルショット撮影により,CHO K-1細胞の生きた姿を軟X線観察することに成功した。2つの細胞の中にさまざまな構造が確認でき,細胞核の核小体や核膜領域に炭素が集積している傾向が見られた。
現時点では機能は不明だが,核小体と核膜を繋げる構造が初めて観察された。シングルショット撮影の直後に,0.5秒間にわたるマルチショット露光で撮影した細胞の像に写っているのは,すでに軟X線による放射線ダメージを受けた細胞。シングルショットで最初に観察した像と,後で観察した像とでは細胞の構造が変化していることがわかった。
研究グループは,今後,生きた細胞内での瞬間的な化学状態変化の可視化など,細胞生物学に新たな視点をもたらすことが期待されるとしている。