名古屋大学と韓国高麗大学は,分子素子としては最高の熱起電力を持つ熱電変換デバイスを新たに開発した(ニュースリリース)。
ゼーベック効果を利用した熱電変換素子の毒性や資源の希少性の問題を解決する分子熱電素子として,Ru錯体の可能性が示唆されていたが,長く大きな分子を電極間に挟むことが難しく検証されていなかった。
今回研究グループは,安定な自己組織化膜を電極で挟み,温度差をかけることで実験的に熱起電力を測定した。測定された熱起電力は分子鎖長に比例して増加し,Ru錯体の5量体に相当する10nmの長さで1mV/Kを超えた。
第一原理伝導計算により,分子軌道がフェルミ準位近くに位置し,さらに分子と電極の波動関数の混成が小さいことで高い熱起電力が得られていることを明らかにした。
Ru錯体分子ワイヤーに代表される,分子鎖長が増大しても電気伝導度の減衰が緩やかな分子の電気伝導機構は,電子が散乱を受けずに伝導するトンネル伝導なのか,分子振動を伴って伝導するホッピング伝導なのか議論になっていたが,実験でトンネル伝導によって伝導していると考えられた。
さらに詳細な伝導機構の解明のため,電流によってどのような分子振動が励起されるかの指標を光量子アルゴリズムによって計算した。ホッピング電流が流れる際,今回は熱起電力が正であることからホール伝導であるため,分子は非常に短い時間,電子が1つ抜けた状態になり,再び電子が入ってきて安定な状態に戻るという過程を繰り返す。
電子状態によって安定な構造は異なるため,電子の状態変化前後で変わる分子振動の重なりの大きさはフランクコンドン因子と呼ばれ,この因子が大きいほど分子振動が励起されやすい。
このフランクコンドン因子を,光量子コンピュータ上で動作するガウシアンボソンサンプリングによって計算した。電子状態の変化に伴う分子振動の変化を干渉などの光子への操作へ置き換えることで,そこを通過する光子が確率的に,実際の振動遷移に伴うエネルギーに出力されやすくなる。
将来的に電流―電圧曲線の2階微分が高精度で測定された際,フランクコンドン因子の大きな振動モードと一致するエネルギーにピークが現れると考えられる。
ガウシアンボソンサンプリングは光量子コンピュータによって古典計算機よりも高速に実行できるとされ,計算量が大きくなるにつれて光量子コンピュータの優位性が増すと期待される。
研究グループは,熱起電力の測定が伝導機構の決定に重要な役割を果たすことが示されたほか,複雑な電気伝導機構の解明に光量子コンピュータを応用できる可能性の一端を示すことができたとしている。