北大,極低温の氷表面で動き回る炭素原子を観測

著者: 梅村 舞香

北海道大学の研究グループは,極低温の氷表面における炭素原子の振る舞いを,独自に開発した手法を用いて観測することに初めて成功した(ニュースリリース)。

炭素は宇宙で4番目に存在量が多い元素。それゆえ,宇宙空間には数多くの種類の有機分子が存在している。こうした分子の起源は星が誕生する以前の宇宙の極低温空間にあると考えられている。

多くの有機分子は炭素原子が複数個連なった炭素鎖を持っているが,炭素鎖がどのように成長したかは,これまで分かっていなかった。

宇宙に浮遊する氷微粒子表面で鎖が成長する説が有力だったが,これまでそれを裏付ける証拠がなかった。また,最近の理論的研究では,炭素原子は氷表面に強く結びつき動けない事が予想されており,炭素鎖形成の起源は謎とされてきた。

研究グループは ,2種類のレーザー(小型レーザーと色素レーザー)を用いた独自の手法を開発し,氷表面に存在する炭素原子の観察を可能とした。独自に開発した真空実験装置内に宇宙空間に存在する氷微粒子を再現し,炭素原子を発生させる装置を用いて氷表面に炭素原子を付着させた。

この炭素原子を一つ目のレーザーで氷表面から真空中に飛び出させ,出てきた炭素原子を第2のレーザーを用いて分析することで,氷表面に存在する炭素原子を観察した。

この実験から,氷に付着した一部の炭素原子は極低温の条件下でも氷表面を動き回ることが明らかになった。この発見は,最近の理論的研究から示唆されていた「炭素原子は氷表面に強く結びつき動けない」という描像と大きく異なるものであり,氷微粒子上で炭素原子が様々な分子種と化学反応を起こし大きな有機分子を生成しうることを示している。

氷微粒子上での化学進化は10万年というタイムスケールで進行するため,10万年の間に氷星間塵(直径およそ0.0001mm)の表面をくまなく動き回ることができる温度を知ることが重要。実験から決定した炭素原子が動き始めるのに必要なエネルギー(活性化エネルギー)から,およそマイナス250℃を超えると炭素原子が活発に動き回ることが分かった。

星間分子雲では,その中で星の形成が進むにつれて,最低マイナス263℃程度であった環境の温度は徐々に上昇していく。従って,温度上昇に伴い炭素原子が動き始め,炭素鎖の生成を伴う活発な化学進化が起きることになるという。

研究グループはこの研究成果について,素原子の存在量が多く,温度が比較的高い領域における長い炭素鎖を持った有機物の起源として,炭素原子の氷表面反応を考慮することの重要性を示唆するだけでなく,将来的な天文観測の指針となるものだとしている。

キーワード:

関連記事

  • 国立天文台など、すばる望遠鏡と宇宙望遠鏡データで新たに2つの低質量天体を発見

    国立天文台、アストロバイオロジーセンターの研究チームは、すばる望遠鏡による高精細な観測と、宇宙望遠鏡のデータを組み合わせ、恒星の周囲に新たに2つの低質量天体を発見した(ニュースリリース)。 OASIS(Observati…

    2025.12.11
  • 京都大、太陽系外の惑星を調べる超小型紫外線衛星の打ち上げに成功

    京都大学の研究グループは、超小型紫外線観測衛星「Mauve」衛星が米SpaceX社のロケットにより打ち上げられ、恒星活動と惑星環境の関係を探る観測ミッションを開始した(ニュースリリース)。 太陽のような恒星は、活動が活発…

    2025.12.10
  • 東大、天の川銀河の中心方向にガンマ線の放射を発見

    東京大学の研究グループは、フェルミガンマ線観測衛星の最新データを解析し、我々が住む天の川銀河(銀河系)の中心方向から、約20ギガ電子ボルト(GeV)のガンマ線が、角度にして30度以上にぼんやりと広がって放射されていること…

    2025.12.03
  • 広島大ら、ブラックホールに落ち込むプラズマ構造を解明

    広島大学、大阪大学、JAXA宇宙科学研究所、愛媛大学は、気球望遠鏡XL-Caliburを用いた新たな観測により、ブラックホール周辺の極限的な環境を明らかにした(ニュースリリース)。 ブラックホールに降着し吸い込まれる物質…

    2025.11.28
  • KDDI総研と京大、千歳科技大 宇宙光通信に適した周波数変調型フォトニック結晶レーザーを開発

    京都大学、KDDI総合研究所、公立千歳科学技術大学は、宇宙光通信など長距離自由空間光通信(FSO)への応用を想定し、発振周波数を高効率かつ高速に変調できる「周波数変調型フォトニック結晶レーザー(PCSEL)」を開発した(…

    2025.11.27
  • NIFSら、ハイパースペクトルカメラで青いオーロラの高度分布を精密観測

    核融合科学研究所(NIFS)、京都大学、名古屋大学は、ハイパースペクトルカメラ(HySCAI)を用いて天文薄明時に青い光を放つ窒素イオン(N2+)オーロラの高度分布を観測することに成功した(ニュースリリース)。 オーロラ…

    2025.11.18
  • 小糸製作所,月面活動向け照明技術を開発へ

    小糸製作所は,トヨタ自動車と同社がJAXAと研究開発を進める月面での有人探査活動に必要な有人与圧ローバー(ルナクルーザー)の船外照明の技術開発に関する契約を締結し,同研究開発に協力することを決定した(ニュースリリース)。…

    2025.10.17
  • 愛媛大,有機分子でディラック電子を実現

    愛媛大学の研究グループは,有機分子を使って,通常の物質中には存在しない電子を実現することに成功した(ニュースリリース)。 具体的には、質量が通常の電子の1割程度に見えるほど素早く物質中を動き回る電子で,光にも似た振舞を示…

    2025.10.09

新着ニュース

人気記事

新着記事

  • オプトキャリア