東京理科大学と物質・材料研究機構は,タングステン酸リチウム(LixWO3)薄膜とリチウムイオン伝導性ガラスセラミック(LICGC)基板の酸化還元反応を利用し,神経回路に類似した電気特性を再現できる新たなトランジスタの開発に成功した(ニュースリリース)。
著しい発展を遂げる高度なAIは,膨大なエネルギー消費が問題となっており,消費するエネルギーが少なく,かつ高精度で演算可能なハードウェアの開発が急務となっている。
計算資源や消費電力を大幅に削減できる技術として,物理リザバーコンピューティングに注目が集まっている。現在までに,光学デバイス,スピントルク発振素子,メモリスタなどさまざま材料やデバイスが報告されているが,その性能については改善の余地がある。
研究グループは,過去に電気二重層トランジスタを物理リザバーに用いることで,脳の特徴を模倣した脳型情報処理を行なう技術を開発し,優れた性能を報告している。この研究成果を基に,今回Liイオンの酸化還元反応による電流応答が可能な酸化還元トランジスタの開発に焦点を当てた。
電気二重層トランジスタでは,電気二重層の充放電に基づく電気応答を利用するのに対し,酸化還元トランジスタではチャネルへのイオン挿入・脱離に基づく電気応答を利用する。
そのため,酸化還元トランジスタを物理リザバーに利用すると,ドレイン電流とゲート電流の非線形応答による二重リザバー状態となり,これが情報処理性能の向上につながると考えられるという。
研究では,リチウムイオン伝導性ガラスセラミック(LICGC)基板上にLixWO3薄膜を積層した全固体酸化還元型トランジスタの開発に成功した。この素子はゲート電圧を印加することで,ドレイン電流(電子電流)とゲート電流(Liイオン電流)の非線形応答が得られ,二重リザバー状態を実現することができる。
これにより,単一リザバーよりも高次元性が付与されるので,計算処理などの性能向上が期待される。この素子を物理リザバーに用いることで,ニューロモルフィックコンピューティング(脳の神経回路を模したコンピューター技術)を実行できるとしている。
今回,実際に,二次非線形動力学方程式や非線形自己回帰移動平均(NARMA2,)タスクにおいて,従来報告されているデバイスよりも優れた性能を示した。また,ドレイン電流とゲート電流を組み合わせること(二重リザバー)で,高次元性と記憶容量の両方が向上することを明らかにした。
研究グループは,ニューロモルフィックコンピューティングにより,電子機器の情報処理性能の向上や使用エネルギーの低減が期待されるとしている。