東北大学の研究グループは,分子を構成する原子種個々の運動スピードを測定する,いわば「原子のスピードガン」の開発に初めて成功した(ニュースリリース)。
分子を構成する原子は絶対零度でも静止しておらず,いかなる温度においても常に運動している。そしてこうした原子の運動およびその変化が,機能性や反応性など分子の様々な性質を支配している。
この理由により,科学・技術の広範な分野で,レーザー振動分光等の手法により,古くより数多くの研究がなさなれてきた。しかしそれら既存の手法が観測するものは,原子の集団運動のエネルギーであり,原子の運動そのものではない。
自然の美しさや豊かさの源をより深く理解するために,また持続可能な社会の発展に貢献するためにも,これまでの間接的な計測法だけではなく,原子の運動そのものを可視化する手法が必要となっている。
今回,これまで現象観測に止まっていた原子核による電子のコンプトン散乱を深化・発展させ,まったく新しい計測法ないしは分子分光法として確立した。
具体的には,①実験データの精度を桁違いに向上させる独自の計測装置の開発,②「原子種個々の分子内運動の情報を抽出するためのデータ解析法の開発,および③原子個々の分子内運動を精密に予言する理論の開発,の3つの開発成果を組み合わせ,重水素化水素(HD)分子を対象とする実験結果と理論計算との厳密な比較を行なった。
その結果,重水素化水素分子を構成するH原子とD原子個々の運動スピードを,ドップラー効果を精密に反映する形で実験計測できることを実証した。さらに対象とする分子の化学組成も定量的に解析できることも併せて示した。
原子種個々の運動量分析と元素分析という二つのユニークな特徴を併せ持つこの手法の利活用は,科学・技術の広範な分野で期待できる。例えば,表面へ応用すれば,表面分析に今や欠かせないラザフォード後方散乱分光法(RBS)が与える組成分布の情報に加え,表面層の原子の運動スピードとその方向の情報も同時に得ることができるという。
また,用いる高速電子線をパルス電子線に置き換えれば,瞬時的にしか存在しない不安定な分子,ひいては化学反応の直接追跡が可能になり,さらに観測する原子運動量の時間変化を原子に働く力に換算できることから,研究グループは,ナノの世界で起こる反応の理解に質的変化をもたらすことが期待されるとしている。