産業技術総合研究所(産総研)と量子科学技術研究開発機構(量研)は,漆類似成分のカシューオイル黒色樹脂の表面に微細な凹凸を形成して光を閉じ込めることで,可視光の99.98%以上を吸収する「至高の暗黒シート」を開発した(ニュースリリース)。
人間の目は実は黒さに敏感であり,半球反射率(反射率)が0.1%を大きく下回る黒体材料があれば利用価値が高い。しかし,現在までに0.1%を大きく下回る極低反射率を達成したのはもろい素材に限られていた。
産総研は2019年,紫外線~可視光~赤外線の全域で99.5%以上の光を吸収する「究極の暗黒シート」を開発した。今回,この技術を適用拡大し,可視光の99.9%以上を吸収する「至高の暗黒シート」の開発を目指した。
「暗黒シート」による光吸収は,いわゆる空洞黒体の原理に基づく。円錐孔型の空洞黒体をミクロなサイズにした光閉じ込め構造に入射した光は,壁面で何度も吸収・反射を繰り返し,正味の反射率がゼロに近づいていく。正味の反射率が0.1%を大きく下回るには,光閉じ込め構造の勾配を急峻にし,エッジは鋭く,壁面はナノレベルで滑らかにする必要がある。
この構造は,サイクロトロン加速器からの高エネルギーイオンビームを用いて作製した。作製した微細な凹凸を原盤(モールド)とし,光閉じ込め構造を黒色樹脂表面に転写する。繰り返し転写可能なため量産性も期待できる。
従来の「究極の暗黒シート」は,熱赤外線(波長8μm~15μm)では吸収率99.9%以上を達成したが,黒体材料の需要の特に多い可視域では,反射率が0.3%から0.5%程度だった。今回,この原因がカーボンブラック顔料による散乱であると突き止め,漆塗りの代用にも用いられるカシューオイル樹脂に着目した。
カシューオイル黒色樹脂に適用した結果,鏡面反射(ぎらつき)も散乱反射(くすみ)も抑えられ,従来の暗黒シートと比較して可視光の反射率が一桁以上低い0.02%以下(光吸収率99.98%以上)を実現した。これはレーザーポインターの光が消えて見えるほどであり,触れる素材で世界一の黒さを達成した。
開発した「至高の暗黒シート」は,触っても性能が損なわれず取り扱いが容易で,ちりなどを簡単に除去できる。背景の映り込みを防止できるため,視覚表現に高いコントラストを提供するという。
また,低散乱な黒色基材が他にいくつか見つかっており,必要な反射率や用途に応じて基材の選択肢があるのも今回の新しい暗黒シート技術の特長だという。研究グループは今後,具体的な用途開発や実用化に向けた検討を進め,素材メーカーなどに技術移転を行なうとしている。