筑波大学と神戸大学は,スーパーコンピュータ「富岳」を用い,1万を超える原子を含むナノ物質の光応答の第一原理計算に,世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
光により揺すられた電子やイオンのミクロな運動は,物質科学の第一原理計算を用いて正確に記述できる。研究グループはこれまで,非常に短い時間で起こる電子の運動や物質中の光の伝搬を第一原理計算法によって計算するオープンソースソフトウェア「SALMON」を開発してきた。
第一原理計算は大きな計算リソースが必要。昨年3月から本格的な稼働が始まった「富岳」を用いると,これまでにない大規模な計算が可能で,光科学の分野でも大きな発展が期待される。
光と物質の相互作用には,さまざまな物理法則が関わり,光の伝搬,電子の運動,イオンの運動は,それぞれ異なる方程式で記述される。SALMONでは,電子軌道や光電磁場のポテンシャルを3次元空間格子を用いて表し,これらの方程式を同時に解き進める。
またSALMONでは,さまざまな形状の物質と光の相互作用を調べることができるが,1辺が10個の原子からなる立方体のナノ構造体は1,000個の原子を含む。現実に作成されるナノ物質はさらに大きなサイズの場合がほとんどであり,数千を超える原子からなる物質の計算が求められていた。
研究は極めて高い計算性能をSALMONで実現した。今回,「富岳」の全システムのおよそ1/6にあたる27,648ノード(CPU)を用い,その4倍の10万以上のMPIプロセスを用いて,最大で13,632原子からなる物質の光応答計算を行なった。これまでの類似した計算では約6,000原子からなる物質が最大で,今回,世界で初めて1万を超える原子を含む物質に対する計算が可能になった。
研究で扱ったのは,アモルファス状のガラス(SiO2)の薄膜にパルス光が垂直に入射する場合の計算。厚さ6nmのナノ薄膜は,1万以上の原子を含む。極めて高い強度のパルス光を入射させた計算から,ガラスが透明ではなくなり,光の吸収が起こることが見いだされた。これは,高強度レーザーを用いたガラス加工の初期過程に相当する。
また,反射波や透過波には,入射光の振動数の数倍から数十倍の振動数を持つ高次高調波の発生が確認できた。このように,パルス光の照射で起こる超高速・非線形現象を,計算科学によって,実験の状況そのままにシミュレーション可能であることを確かめた。
研究グループは,実験の結果予測や,実験が困難な条件下での現象の調査,直接測定することが難しいミクロな空間での電子やイオンの運動がもたらす現象の解明などに役立つ成果だとしている。