東京大学と京都産業大学は,共同開発した近赤外線高分散分光器をチリ共和国の望遠鏡に搭載してクエーサーの観測を行ない,約100億年前の宇宙にどれだけ鉄とマグネシウムが存在していたかを定量的に推定することに成功した(ニュースリリース)。
これまでの天文学では,宇宙が化学的にどう進化したかを調べるために古い星の観測を行なってきた。しかし,この方法では金属量の大小で間接的にしか年齢を推定できないことや,銀河系内の星から得られた結果が他の銀河,更には宇宙一般に成り立つのか,という点に問題があった。
そこで独立なアプローチとして,銀河系の外にある,はるかに遠い天体を観測する方法が考えられる。100億光年離れた天体を観測すれば,100億年前にその天体から放たれた光を直接調べることになる。その候補の天体として,宇宙で最も明るいクエーサーがある。クエーサーを分光観測することで取得できるスペクトルには様々な金属に起因する輝線が現れ,それを調べることでどのような金属がどれだけ存在しているかを推定できる。
クエーサーは紫外線域に多くの輝線を持つことが知られているが,非常に遠方にあるために赤方偏移により,輝線は近赤外線域で観測される。研究グループは開発した近赤外線高分散分光器「WINERED」をチリ共和国にある新技術望遠鏡に搭載し,約100億光年離れたクエーサー6天体の分光観測を行なったところ,取得したスペクトルの赤外線域に,鉄とマグネシウムの輝線が見られた。
鉄は主に連星系で生成されるのに対してマグネシウム主に大質量星で生成され,それらの存在量比は星の進化史を調査する上で重要な情報になる。研究ではガスの輝線放射シミュレーションを行なうことで存在量比を推定し,宇宙化学進化のモデル計算と定量的な比較ができるようになった。先行研究として,より近傍にあるクエーサーの可視光観測から推定された鉄とマグネシウムの存在量比が理論予測と一致することが報告されていたが,今回,それがさらに昔の宇宙でも成り立っていることを明らかにした。
なお,東京大学は現在,世界最高水準の口径6.5mの赤外線望遠鏡をチリ共和国に建設するTAO計画を進めており,約130億年前の宇宙の様子を調べようとしている。