京都産業大学神山天文台と国立天文台ハワイ観測所の研究グループは,すばる望遠鏡の高分散分光器(HDS)を用いて2018年にジャコビニ・ツィナー彗星の観測を行なった結果,この彗星はこれまでに観測された彗星の中でも,特に二酸化炭素の存在量比が小さいことを明らかにした(ニュースリリース)。
ジャコビニ・ツィナー彗星は,複雑な有機物を他の彗星に比べて豊富に含んでいることが,過去のすばる望遠鏡による観測で明らかになっている。
今回,研究グループは,すばる望遠鏡の高分散分光器HDSを用いて観測を行なった。彗星核に含まれる分子においてH2Oに次いで豊富に含まれるCO2がH2O よりもずっと低温度で昇華して失われてしまう(CO2の宇宙空間での昇華温度は約マイナス200℃)ことに注目し,CO2:H2O の成分比を観測から明らかにすれば,ジャコビニ・ツィナー彗星の氷が出来た環境を明らかにできると考えた。
しかし,CO2は地球の大気にも大量に含まれているため,彗星が発するCO2の光が,地球の大気に吸収されてしまう。そこで,研究グループはH2OやCO2が太陽紫外線で壊れてできる特殊な酸素原子に着目した。
この酸素原子は通常よりも高いエネルギー状態に励起されており,光を出すことで安定な低いエネルギー状態へと遷移する。このときに出す緑や赤の光を「酸素禁制線」といい,オーロラの緑や赤の光がこれに近い。
彗星のコマ(放出されたガスやダストが彗星核を取り巻く領域)では,H2Oから壊れてできた酸素原子は赤の禁制線を出しやすく,逆にCO2から壊れてできた酸素原子は緑と赤の禁制線を同程度に放出する特徴がある。そのため,酸素禁制線の緑と赤の光の強さを比べれば,CO2:H2Oの比率を調べることができる。
その結果,CO2の存在量比は通常の彗星がH2Oに対して数%~30%程度なのに対し,ジャコビニ・ツィナー彗星は1%ほどしかCO2を含んでいなかった。
このことは,COはCO2よりもさらに低い温度で蒸発して失われてしまうため,同彗星の過去の観測で得られていた一酸化炭素(CO)の成分比が低めであることとも整合的となる。
具体的な温度は正確には明らかでないが,今回得られた少ないCO2 の存在量比と CO2の真空中での昇華温度から,ジャコビニ・ツィナー彗星ができた場所の温度は,およそマイナス200℃~マイナス120℃と考えられるという。
今後は,さらに同彗星の研究を続けるとともに,同じような特長を持った彗星を新たに見付け出すことで,太陽系初期における彗星の形成環境を明らかにしていきたいとしている。