東京大学の研究グループは,「波の形(音楽でいう旋律)」を適切に整えた赤外光を用いることにより,分子振動を強く揺さぶり,化学結合が切断される解離反応を誘起することに成功した(ニュースリリース)。
多くの化学反応は,加熱により活性化エネルギーの壁を越えることで進行する。しかし,その温度には限界があり,また,複数の反応が起こりうる系では,目的とする反応以外の反応も促進されてしまう。
研究グループは,こうした熱反応を促進する鍵が分子振動の励起にあるという原理に立ち返り,周波数を選ぶことで特定の分子振動を励起できる赤外光の利用に着目した。
今回の研究では,光の電場波形(音楽でいう旋律に対応)を制御する技術と光を微小時間・微小空間に集中させる技術を活用して,分子振動を強く揺さぶり,多くの化学反応が行われている溶液中において化学結合の切断,すなわち解離反応を誘起できることを実証した。
量子力学的な考察から,一定の周波数で振動する赤外光よりも,周波数が適切なタイミングで時々刻々と変化する赤外光の方が,分子振動を格段に大きな振幅で駆動できることが予測される。この理論予測に基づき,照射する赤外光の電場波形を整形した。
さらに,振動緩和に打ち勝って高い振動励起を実現するため,電場強度がピコ秒程度の短時間に集中した赤外パルスを,表面プラズモン励起によってナノメートルスケールの微小空間に集中させた。この旋律を整えた高強度の赤外光を金属カルボニル錯体に照射した。
その結果,液相においてカルボニル基の伸縮振動の第6振動準位への励起を観測した。これは,18,000℃の熱エネルギーに相当するエネルギーを特定の振動モードに注入したことを意味する。この高振動励起により,カルボニル配位子が切り離される結合解離が誘起されることを確認した。
これは,超高速光学とプラズモニクスを有機的に組み合わせることにより,多くの化学反応が行なわれている溶液において分子振動励起を通した解離反応を初めて実現したもの。
今回の手法は,反応に直結する振動運動だけを励起するため,対象分子に注入するエネルギーを最小限にとどめることができる上,目的とする反応を選択的に誘起・促進できる可能性をもつ。研究グループは今後,医薬・環境・エネルギーなどに関わる幅広い化学反応を対象に有効性を高め,今回の手法の適用範囲を広げていくとしている。