茨城大学と東北大学は,低温で磁石としての性質を示さないことで知られるコバルト酸化物LaCoO3のCoをScで化学置換した新たな物質LaCo1-yScyO3において,元のLaCoO3とは磁気・電気・熱的性質の全く異なる絶縁状態が現れることを発見した(ニュースリリース)。
また,X線回折・中性子分光実験の結果,この絶縁状態が,電子スピンの総和が異なる2種類の原子状態(低スピンと高スピン)の量子力学的な重ね合わせにより現れるというこれまでに例のない発現機構を突き止めた。
エネルギーの近い2つの量子状態間の移り変わりは,量子コンピュータに使われる量子演算素子の基本動作原理にもなる現象。一方,異なる電子スピン状態(原子内部で電子スピンの組み合わせが異なる状態)間の変化はスピン転移と呼ばれ,自然科学の幅広い分野に現れる。
このスピン転移は,物質を構成する各原子内で電子スピンが反平行に相殺する「低スピン」と平行に偏る「高スピン」状態の間の変化として知られてきたが,両者のエネルギーが近い場合(臨界)では,従来観測されてきたどちらか一方の状態ではなく,両者の量子力学的な重ね合わせという非従来型のスピン状態になることが理論的に指摘されていた。
この非従来型のスピン状態が隣接サイトと繋がり,物質全体に調和するよう広がれれば,励起子絶縁という新しいタイプの量子状態が出現する。励起子絶縁は電気を流さない絶縁状態でありながら,安定した巨視的量子凝縮状態を物質中に保つため,将来の省エネ型量子演算素子の候補として期待されている。しかしながら,これまで励起子絶縁につながる非従来型のスピン状態は物質中において実現していなかった。
そこで今回研究グループは,LaCo1–yScyO3という新たな化学置換物質を合成した。狙いは,低スピン物質のLaCoO3から出発し,Coを電気陰性度の小さいScで置換することによりCo-O間の共有結合を増強し,その結果としてバンド幅を広げることで高スピンとの量子混成を実現すること。この考えは,これまで主流であったCo-O間距離(Coのイオン半径)を広げ,共有結合性を弱める代わりに,高スピンを実現するという物質設計手法とは全く異なるもの。
今回の研究では,様々なSc置換量をもつLaCo1-yScyO3を新たに合成し,その電子・スピン状態を様々な実験手法の複合により調べた。その結果,Sc置換と共に,Co-O間距離の収縮(共有結合性の増強),2状態のエネルギーの接近,電気絶縁性・磁化率・磁気膨張率の増大が有意に発現することを観測した。
また解析の結果,この新状態の全ての特性が,非局在的な低スピンと高スピンの量子重ね合わせモデルと一致したという。一方,従来の低・高スピンの古典的な混合モデルでは,磁化と磁気膨張率の比など,全特性を同時に説明できなかった。
研究グループは,今回の研究が励起子絶縁と呼ばれる歴史的に観測例の少ない量子力学的な凝縮状態の糸口をつかんだものとして,その実現だけでなく将来的な新規量子コンピュータ素子への発展が期待されるとしている。