東京大学の研究グループは,「励起子絶縁体」と呼ばれる特殊な絶縁体の候補物質と考えられていたTa2NiSe5と,その対照物質で通常の絶縁体であるバンド絶縁体と考えられていたTa2NiS5について,超短パルスレーザーを照射することで金属になることを発見した(ニュースリリース)。
「光で物質の性質を自在に操る」というのは,近年目覚しく発展している超短パルスレーザーを用いることで,超高速でかつ環境にも優しいデバイスの開発への応用が期待されるため,物性物理学の大きな目標の一つとなっている。光誘起相転移を利用することで,光によって物質を相転移させる例はこれまでいくつか報告されていたが,その多くは熱平衡状態における高温相に対応する相への相転移だった。
研究グループは,Ta2NiSe5とTa2NiS5に着目し,研究グループによって開発された高次高調波レーザー時間・角度分解光電子分光装置を用いて,これらの物質のポンプ光照射後の非平衡状態における電子構造の直接観測を行なった。
まず,照射する超短パルスレーザーの強度の違いに対する振る舞いから,Ta2NiSe5が励起子絶縁体であるということを解明。さらに,ポンプ光照射前は価電子帯のバンドがフェルミ準位を横切らない絶縁体的なバンド構造になっている一方で,ポンプ光照射後は価電子帯の正孔的なバンドと伝導帯の電子的なバンドがフェルミ準位を横切る金属的なバンド構造に変化する様子が観測された。
これは,Ta2NiSe5という物質が励起子絶縁体相から金属相へと光誘起相転移を示すことを意味する。この物質には高温においても金属にはならないので,実現された金属相は熱平衡状態では実現し得ない「未知の金属相」であることが分かった。
「未知の金属相」の発見によって,光によって絶縁体を金属に,さらには金属を超伝導体に変換するなど,「物質の性質の光による自在の制御」の実現に向けて新たな可能性が広がる。さらに,今回発見された「未知の金属相」への光による相転移のメカニズムが解明されることで,さまざまな物質の性質を光によって自在に制御できるようになることが期待されるとしている。