名古屋大学の研究グループは,カーボンナノチューブ(CNT)を高温に加熱すると,狭い波長範囲の近赤外光が放出されることを観測し,そのメカニズムを解明した(ニュースリリース)。
単層CNTには半導体型と金属型の2種類がある。半導体型単層CNTが光を吸収したり放出したりする際には、「励起子」と呼ばれる量子状態が形成され,これに起因する特徴的な光学特性が多数報告されてきた。励起子は,物質中に励起された電子(負電荷)と,その抜け穴である正孔(正電荷)がクーロン力によって引き付け合うことで,水素原子(1つの電子と1つの陽子(正電荷)が引き付け合ってできている電気的に中性な原子)に似た状態を形成する。
励起子は通常,半導体が光を吸収した際に生成され,そのエネルギーは物質ごとにほぼ決まった値を取る。普通の半導体では,励起子効果が現れるのは低温条件下に限られる。一方,半導体型単層CNTの場合,電子と正孔の結び付きが強いため,室温程度の条件でも,顕著な励起子状態が観測される。しかし,熱放射が起こるほどの高温でも励起子効果が現れるかどうかは,分かっていなかった。
研究グループは,真空中に設置された1本の単層CNTを,連続波レーザーを照射することで加熱し暗視野顕微鏡観察できる特別な光学システムを構築し,単層CNTを電気的に中性に保ったまま温度を上げた。
半導体型単層CNTを用いた実験では,おおよそ温度が700度程度以上で熱発光が観測されはじめた。この発光は単層CNTの軸方向に沿って偏光しており,高温でも1次元物質としての特徴が保たれていた。発光強度の温度依存性から,熱エネルギーによる発光であることも確認できた。この発光は近赤外域でピーク構造を持ち,同温度の黒体の放射スペクトルと比べると,波長範囲が狭い熱放射特性を示した。
次に,金属型単層CNTの熱放射も測定した。その結果,1800度以上の温度でも,金属型単層CNTはスペクトル幅が広い熱放射を示すことが分かった。これは金属型単層CNTの熱放射の特徴は他のバルク材料と似ており,電子が比較的自由に運動できることを示唆するもの。クーロン相互作用の大きい単層CNTでのみ,原子のようなピーク構造を伴った熱放射が観測されたことから,このピーク構造は励起子に由来していると結論付けた。
半導体型単層CNTのこの性質は,波長選択型の熱エミッタと呼ばれる熱から決まった範囲の波長(エネルギー)の近赤外光を発生させるデバイスへの応用展開が期待される。特に,半導体型単層CNTの熱放射波長は太陽電池の発電効率が最も高くなる近赤外域に分布しているので,単層CNTを使って熱を近赤外光に変え,太陽電池に入力することで高い効率で発電できると期待されるとしている。