日本電信電話(NTT)は,将来の光通信用集積回路の作製プラットフォームであるシリコンフォトニクス技術を用いた光変調器に,インジウムリン系化合物半導体を融合した小型・低消費電力・低損失な光変調器を開発した(ニュースリリース)。
変調領域長が0.25mmの素子において,従来型シリコン光変調器の約10倍の変調効率を挿入損失31dBの低損失で実現した。また,32Gb/s(320億ビット)の実用上十分な速度での変調動作も確認した。
2020年代の移動通信のトラフィック量は2010年と比較して,1000倍以上に増大すると予測されており,このトラフィックの増大を支えるためには,バックボーンネットワークである光通信ネットワークの大容量化が必須であり,そのために小型・高速・低消費電力・安価な光通信用デバイスが求められている。
そこでシリコンを用いて光デバイスを作製することが光通信技術の発展に欠かせないと考えられており,特に送信素子のキーデバイスであるマッハツェンダー光変調器(MZM)をシリコンフォトニクス技術で作製することが盛んに検討されている。
マッハツェンダー光変調器は,ある領域(位相変調領域)の屈折率を電気信号で変化させて,出力光の位相と強度を変調する。このときの変調効率は,変調強度を最大値から最小値へ変化させるために必要な電圧(半波長電圧)と,位相変調領域長の積で表される。
また,素子の損失が大きいとレーザーからのバイアス光を大きくすることが必要になることから,光変調器の損失も消費電力に関わる重要な性能指標となる。これまでシリコン以外の材料としてはLiNbO3(ニオブ酸リチウム)、InP系化合物半導体等で開発が行なわれてきた。
シリコンは他の材料と比較して光を変調するには不向きな材料であり,変調効率を高くすると吸収損失が増加するというトレードオフがある。そのため将来的なプラットフォームとして用いるには適用範囲に制限があり,このトレードオフを打破することが強く望まれていた。
今回,NTTでは,シリコンフォトニクス技術にInP系化合物半導体とシリコンの異種材料融合技術を適用したキャリア蓄積型のマッハツェンダー光変調器を開発し,このトレードオフを打破した。キャリア蓄積型光変調器はシリコンを用いた光変調器で広く用いられているキャリア引抜型光変調器と比較すると高効率化を実現でき,これまでシリコンとポリシリコンを用いた素子が開発されている。
この素子では,キャリア濃度の増加と,ポリシリコン層の吸収による光損失が課題で,従来のシリコン光変調器の限界は打破できていなかった。そこで今回開発した光変調器では,ポリシリコンよりも変調効率が高く光損失も少ないInP系化合物半導体であるn型InGaAsP薄膜を用いることで,シリコンフォトニクス技術との親和性を保ちながら高効率・低損失化を同時に実現した。
作製したマッハツェンダー光変調器は,変調効率を表す半波長電圧と変調領域の長さの積が0.09Vcmとなり,これはシリコンのキャリア引抜型光変調器の約10倍となる効率。
また,位相変調領域長0.25mmの素子で挿入損失1dB(透過率約80%)の低損失化も同時に実現しており,これまでのシリコン光変調器の限界を打破することができた。さらに,32Gb/s(320億ビット)の変調を行ない,100GbE等に適用可能であることを確認した。
シリコンフォトニクス技術の特長を生かしたマッハツェンダー光変調器の大規模集積と光フィルタの集積を行なうことで,1ポートあたりの伝送容量が1Tbを超えるような送信機の実現などが期待されるという。低消費電力化を同時に実現することにより,今後懸念されるデータ量の増加によるデータセンタ等の消費電力の増加を削減することも期待される。