北海道大学は,過去に例のない結晶構造の変化を示すメカノクロミック分子を発見した(ニュースリリース)。
メカノクロミズムとは,有機分子の固体に対する機械的刺激によって,その発光の色が変化する現象。発光の変化は,固体を構成している分子の配列の変化(結晶構造の変化)に起因する。分子配列が変化すると隣接分子との相互作用のパターンが変化し,発光をはじめ様々な性質が変化する。
メカノクロミック分子は,発光色の変化を目で見ることで外部から力が加わったかどうかを検知できるため,センサーや記録デバイスへの応用が期待されている。固体中の分子の配列が発光色変化の鍵であるため,分子配列を自在に設計することができれば,メカノクロミック分子の開発が可能となる。しかしながら,固体中の分子の配列を予測することは容易ではなく,分子設計指針の確立が望まれている。
今回の研究では,分子と結晶のキラリティーに着目し,ベンゼン環が連結したビフェニル部位を有する金錯体分子1を新規に合成した。これに機械的刺激を加えると発光色変化が起こり,メカノクロミズムを示した。X線構造解析を行なった結果,分子1がメカノクロミズムを示したのは,キラル結晶からアキラル結晶への分子配列の変化が要因であることを突き止めた。
金錯体分子1の粉末1aに対して機械的刺激を与えると,メカノクロミズムが起こり,発光色が黄緑色から弱い緑色へと変化した。X線構造解析を行なったところ,機械的刺激を与える前の分子の配列は,金原子と金原子の間で形成される分子間相互作用(金原子間相互作用)が一直線に伸びていることがわかった。これにより,1aでは分子が一方向に並んでおり,キラル結晶であることが明らかになった。
一方,発光色が変化した後の結晶1bのX線構造解析を行った結果,全ての分子が,隣接する一つの分子のみとペアを作り,金原子間相互作用を形成していることを突き止めた。さらに,金原子間相互作用を形成する2分子のペアと,それに隣接する2分子のペアが互いに反対の向きを向いていることが明らかになった。
全体として1bは,分子が交互な向きに並んだ結晶構造(アキラル結晶)であることが明らかになった。キラル結晶からアキラル結晶の変化が発光変化の要因であるメカノクロミック分子は,今回が初めての報告となる。
発光の変化に伴い結晶のキラル構造の有無が切り替わるメカノクロミック分子は,これまで発見されていなかった。一方,メカノクロミック分子以外には,ある一つの分子がキラル結晶とアキラル結晶を形成する例が報告されており,このような分子ではキラル結晶が準安定,アキラル結晶が安定である,という経験則が知られている(ヴァラッハ則)。
この研究の鍵となるのは,メカノクロミズムとヴァラッハ則を組み合わせることができた点。今回の実験結果に改めて着目すると,分子1はヴァラッハ則に従う2つの結晶を形成しており,機械的刺激によって発光が変化した際には,準安定なキラル結晶から安定なアキラル結晶に変化したことが明らかになった。
直感的にも,不安定な積み木のタワーに刺激を与えることで積み木が崩れて安定化するように,準安定な結晶に機械的刺激のようなきっかけを与えれば,より安定な結晶へ変化しやすいと考えることができる。一般に,メカノクロミック分子を狙って作ることは困難といわれているが,ヴァラッハ則に従う結晶を狙って開発することで,メカノクロミック分子を合理的に開発できることが期待される。
そのための分子デザインとして,ビフェニルのように分子構造の一部が回転できるようなユニットを用いることが効果的であるとしている。