─他の大きな望遠鏡は海外の高地にありますが,なぜこの望遠鏡は岡山に作られたのでしょうか?
若い研究者もいろいろ失敗しながら,世界第一線の4 mクラスの望遠鏡を実際に使って研究する。それがせいめい望遠鏡のエッセンスです。すばる望遠鏡ならまずハワイに行かなくてはいけませんし,使うのも一晩で1000万円近くかかります。「大学院生が行って,失敗して,何時間もの観測時間がパーになりました,それはかわいそうやねえ」では済まない(笑)。しかし,せいめい望遠鏡だったら,そこはなんとかなるわけです。
たしかに,晴天率は日本でトップとは言っても世界最高の場所に比べると半分くらいかもしれません。だけど,それを補って余るメリットがあるのです。それに先ほど赤外線の長所を言いましたが,逆に短所は,高度90km付近の,H2OのOとHがOHラジカルとなって輝線放射として近赤外付近で光るOH夜光という現象です。
これに関しては,すばる望遠鏡であろうとせいめい望遠鏡であろうと逃れられません。裏返せば地球上にそんなに悪い場所もいい場所もなく,岡山もハワイも全く同等ということです。
─せいめい望遠鏡の特長について教えてください
昔の望遠鏡の架台は赤道儀方式でした。これは北極星に向いた軸とそれに直交した軸の2軸を作り,ぐるっと回すことによって東から西へと天体を追尾する方式です。その後1990年代になると,この方式は構造も大きく不安定だということで,望遠鏡が単に上下左右に動く経緯台方式が一般的になって来ました。現在,世界最大のケック望遠鏡やすばる望遠鏡はすべて経緯台です。上下左右で複雑な天体の動きを追尾できるのは,完全にコンピューターで制御するからです。
反射望遠鏡であり経緯台を使っているのが,せいめい望遠鏡です。それだけだったらすばる望遠鏡と一緒ですが,一番の特長は分割鏡です。せいめい望遠鏡の主鏡は18枚の鏡からできています。1993年と1996 年に,2基のケック望遠鏡が10mクラスの分割鏡を完成していますが,分割鏡で後に言うような非常によい性能までもって行ったグループはアメリカ以外にまだありません。
もし私たちがそれを岡山で成し遂げれば二番目になります。しかも,ケック望遠鏡が六角形のハニカム鏡を36枚組み合わせるのに対し,バウムクーヘンとも形容される扇形の鏡を18枚組み合わせる方式は,主な望遠鏡では世界初です。
─扇形の長所とは?
天文学者が大きな望遠鏡を作る理由はふたつあります。ひとつは宇宙からの光をどれだけの面積で集められるか。もうひとつは,光には回折限界があって,鏡が大きければ大きいほど細かい角度までちゃんと見えるからです。円の開口部分で光を受ければ,それをフーリエ変換したような像ができるので,円の鏡が一番素性の良い像を作ります。そこに六角形などが介在してしまうと回折パターンが非常に複雑になってしまい,それをいかに補正するか極めて困難になってきます。
ケック望遠鏡くらいの大きさなら扇形の方がよかったのかも知れませんが,当時はリスクが大きかったのだと思います。一枚一枚で見ると,扇形は対称性が極めて悪いので,例えば鏡を支えるのも六角形のほうがずっと簡単です。
TMT(Thirty Meter Telescope:ハワイに建設中の30m望遠鏡)くらい大きくなると,ひとつひとつは六角形の鏡でも,全体の外形はほとんど円になりますから,その中にいくら六角形のパターンがあっても二次的なものとして処理できます。36枚しか鏡を使わないケック望遠鏡と違い,492枚も鏡を使うTMTなら問題無いのでしょう。