◆長田 哲也(ナガタ テツヤ)
京都大学 大学院理学研究科 教授
1980年京都大学理学部卒業,1985年京都大学大学院理学研究科博士課程修了。
ハワイ大学天文学研究所ポスドク研究員,京都大学理学部助手,名古屋大学理学部助教授を経て,
2004年より京都大学大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 教授。
2019・2020年度日本赤外線学会会長。
天の川銀河中心部や,星間空間に興味を持っている。
南アフリカ天文台で名大赤外線掃天施設1.4 mIRSFの製作を行なった。
京大岡山天文台3.8 mせいめい望遠鏡の製作整備責任者を務めている。
晴天率が高く気流も安定している岡山県は「天文王国おかやま」を標榜し,天文観測のメッカとして数多くの天体観測施設が集まる。
その一つとして2018 年,京都大学の3.8m望遠鏡が完成した。これは東アジア最大となる主鏡を持つ望遠鏡で,公募によって「せいめい望遠鏡」と名付けられた。
この名は,平安時代に活躍した陰陽師で天文博士でもあった安倍晴明に由来する。望遠鏡近くの阿部山の山頂近くには,安倍晴明が天体観測のために居を構えたとされる阿部神社があり,邸宅跡の清明神社がある京都と両方の地にゆかりを持つ,天文研究の大先達にちなんでこの名が付けられたという。
しかしそのヒストリカルな命名とは裏腹に,せいめい望遠鏡に採用されたのは,これまでの常識を覆す分割鏡の加工法や特殊な構造の架台など,次世代望遠鏡の名にふさわしい数々の新技術だ。今回はこの望遠鏡について,京都大学教授の長田哲也氏に取材に応じて頂いた。
安倍晴明は星を見て天皇の退位を予想したという言い伝えが残るが,この望遠鏡は何を見て何を私たちに知らせてくれるのだろうか。本格的な稼働とその成果が待ち望まれる。
─「せいめい望遠鏡」とのかかわりについて教えてください
私は大学院時代,京大の物理学第二教室で,長野県の上松にあった赤外線望遠鏡で観測をしていました。その後ハワイ大学から助手として京大に戻ってからも,上松や世界の赤外線望遠鏡を使って観測をし,1995年に名古屋大学に移ってから当時の佐藤修二教授のもとで1.4mの赤外望遠鏡「IRSF」を南アフリカに作りました。2000年のファーストライトから20年にわたって活躍している望遠鏡です。
京大の宇宙物理学教室は歴史こそ古いものの,附属天文台を別にすると,自前では大きな望遠鏡を持っていませんでした。そこで私が2004年に赴任し,いろんな方の助けを借りて望遠鏡を作ることになりました。
実際に手を動かしたのは,宇宙物理学教室の栗田光樹夫准教授,京都大学附属岡山天文台の木野勝助教,主にこの二人です。それと当時の柴田一成天文台長らの援助をいただきながら,宇宙物理学教室の責任者として,太田耕司教授や岩室史英准教授らとともに望遠鏡の製作にかかわってきました。
─赤外線で宇宙を探る意義を教えてください
望遠鏡というとレンズについて必ず聞かれますが,この望遠鏡にレンズは無く全て鏡です。ガリレオが作ったレンズの望遠鏡から約60年後,ニュートンが鏡による反射望遠鏡を作りました。プリズムの研究もしたニュートン大先生は「もうレンズによる望遠鏡は時代遅れである」とのたまったわけですが(笑),実は半分間違っていて,その後もしばらく鏡の望遠鏡はあまりうまくいきませんでした。
それは鏡のほうがずっと高い面精度が必要だからです。しかし,光学系の加工技術の進んだ現在の大きな望遠鏡は,すべて鏡で可視光や赤外線を集光しています。
理由はいろいろありますが,後ろから支えられる鏡とは違って,大きいレンズを支えることが困難です。また,レンズでは赤外線が見られないということもあります。
可視光の望遠鏡をレンズで作ると色収差によって赤外線は違うところに焦点を持ちますし,ふつうのガラスのレンズだったら波長3μm以上の赤外線は通らないこともあって,世界の望遠鏡は鏡でできているのです。鏡の場合,ガラス材の表面に金属が蒸着されていて可視光でも赤外線でも観測できます。
で,赤外線で何がわかるかというと,私は講義で5つの特長を教えています。今回のノーベル物理学賞はブラックホールの研究でした。光はブラックホールのある天の川銀河の中心部から地球にやってくる間に散乱吸収されてしまい可視光なら1兆分の1くらいに減りますが,赤外線だったら5分の1くらいの減少ですむので,せいめい望遠鏡で中心部の星は簡単に観測できます。可視光だったら散乱吸収されてしまう領域を見られるのが赤外線の一番の特長です。
2番目は,例えば宇宙空間に多い一酸化炭素の炭素と酸素が振動すると,2.4μm付近のバンドを吸収します。分子などの特徴的な吸収線は赤外にあるので,将来,ひょっとすると生命の兆候も赤外線で観測できるかもしれません。
それから3番目は,宇宙にある星は太陽のような恒星がほとんどですが,出している光はもっぱら黄色や青の可視光です。そうした光が宇宙の膨張にともなって伸びると赤くなり,それが極端になると赤外線になります。ですから遠い銀河は赤外線で観測するしかないのです。
4番目は,低温の物体は赤外線でしか見えません。最後の5番目は,大気の揺らぎを補償する補償光学がちゃんと働くのは可視光より波長の長い赤外線です。この5つが,赤外線が観測に優れている点です。