─プロジェクターはモノクロだけですか?
こちらのプロジェクターはカラー化しました(写真)。光源をRGBに変えただけではありません。我々のプロジェクターは光の走査をDMD(Digital Micro mirror Device)デバイス一個でやっています。これでカラーをやろうと思ったら,R,G,B,R,G,B…と色ごとに制御する必要があるので,そうするとモノクロより3倍動作速度を上げないといけません。
でもDMDの動作速度は100fpsくらいが限界です。普通は光源を照らしっぱなしにして輝度階調とDMDのフリップで制御しますが,我々は1秒間に1000回という速度を達成するために光源も変調させています。速度の限界を突破する高速プロジェクターです。
これでさっきのTシャツのプロジェクションマッピングをすると,同じようなことがカラーでできます。さらに3次元的にセンシングしていて,光沢や凹凸が変化しているように見せることもできます(写真,参考リンク⑥)。
⑥http://www.vision.ict.e.titech.ac.jp/projects/dynaflashv2/index-j.html
陰影を動きに合わせて制御すると,人間は「たぶんこういう構造なんだろう」と勝手に解釈をはじめます。虚構と現実がうまく整合すると,新しいリアルが見えはじめるというのが面白いところです。
ダイナミックプロジェクションマッピングは,対象物が奥行き方向にも動くことも想定しています。プロジェクターは基本的に焦点が一定ですので,ある距離から離れると当然映像はボケます。ダイナミックプロジェクションマッピングにおいて,奥行き方向に動く物にぴったり投映できるようなプロジェクションデバイスの開発は急務です。
そこで,東大にいた王先生(現 広東省半導体産業技術研究院 王立輝氏)と一緒に,ハイスピードプロジェクターと可変液体焦点レンズで高速に焦点を制御する研究を始め,カメラが対象物までの奥行を推定して制御することで奥行き方向も常に焦点が合って見えるようになりました(写真,参考リンク⑦)。ここまで来るのに色々なステップがあったというわけです。
⑦http://www.vision.ict.e.titech.ac.jp/projects/DynFocalTracking/index-j.html
─最後のプロジェクターについてもう少し教えてください
光学系には3つの固体レンズがあります。可変焦点レンズの径が小さいので,そこに像を入れ込むために前2つのレンズで画角を絞り,可変焦点レンズから再び出てきた像を残りの1つで広げています。つまり,この光学系を変えれば,画角や焦点範囲は自在に変えられます。
可変焦点レンズはオプトチューンの製品を使っています。液体が密閉されていて,界面の曲率を変えることができます。圧力だけで曲率が変わる応答が速いデバイスで,信号を入れて2msくらいで曲率が変わります。
ただ,本当はもうちょっと動作速度が速くて径も大きいほうがいいんです。径が小さいことで暗くなるし収差の問題もありますが,残念ながら動作原理的に大きくできないようです。界面による曲率を持っていますので,径を大きくすると重力でレンズの形状が崩れたり,高速に動作できなかったりするようなので,さてどうしようかなと考えています。
とはいえ,もともとプロジェクション系や撮像系に使うことを想定したレンズではないので,なにかうまい技術を自分たちで開発するか,もしくはどこかで開発されたら技術提供を呼びかけたいと思っています。
─この後の展開はどういったことをお考えですか?
プロジェクターで日常生活の一部に投映しようと思ったら,とにかく明るくないといけません。「プロジェクションマッピングは暗いところでしかできない」では普及しないからです。この「暗いところ」というのは,室内照明が点いていると使えないという考え方でもあります。そこで照明もプロジェクターで置き換えて,プロジェクションマッピングも照明も全部プロジェクターで投映するようなシステムを考えていて,新しいカラープロジェクターも開発しています。
実際,海外の大手メーカーから「そろそろテレビはダメだと思うので,プロジェクターをもう一回始めたい」という相談がありました。壁に投映すれば場所も取らないし大画面だからいいけど,それだけのためにプロジェクターは置けない。そこでテレビを投映する以外の用途を与えて,プロジェクターをリビングルームに復活させようというんです。こういう流れからも今後,プロジェクターに求められる生活での割合は増えていくと思います。
これは結構幅が広いと思います。ひとつは飛び道具としてのアートエンターテインメントの分野で,舞台照明としても使えますし,広告としても目を引きますよね。
日常生活という意味で言えば,ファッションや化粧,もしくは簡単なUIとしても使えますし,あとはスポーツの表示デバイスとして自分の動作を,鏡を置かずに見るというのがあります。例えば地面に鏡を置いてゴルフのスイングを確認したい場合,本当に鏡を置いたら危ないので,プロジェクターで遅れなく鏡と同じレスポンスで投映すれば良いわけです。
実はこういうプロジェクターの研究で,一番初めに引き合いがあったのが車のヘッドランプです。対向車を避けて歩行者を照らすような機能がありますが,より空間的にセンシングしてより高速なレスポンスで照らすとなるとプロジェクターに行きつくようです。今後,プロジェクターはどこにでも投映できるディスプレーとしての役割が広がっていくと思います。
─問い合わせもありますか?
エンターテインメント系では遊園地なんかからはありますね。あとファッションショーのランウェイで投映して欲しいとか,ちょっと大変そうな話もあります(笑)。他には認知系の研究も多いですね。赤ちゃんの認知機構の発生を研究する場合,物理的に嘘の投映をして,おかしいと気づくかどうかを調べられる実験ができます。
他にも猿にプロジェクションマッピングを見せて反応を調べるとか,ピカピカ,ザラザラと見た目が変わるとそれはリアルとして感じるのか,感じないのかとか,認知系の実験機構としても期待できそうです。
─光学系への注文は?
たくさんあります(笑)。レンズの焦点距離をもっと高速で変えたいですし,画角も自在に変えたい。曲面にプロジェクションしたときに,面が反っている部分は解像度が下がるのもどうにかしたいですね。あと顔へのプロジェクションマッピングは非常にニーズが高いのですが,どうしても眩しいんです。そこで光線一本一本をうまく制御する,ライトフィールド技術を採り入れたプロジェクターに期待しています。反射率が多様なものに投映するので,スペクトルまで制御できることが重要です。
現在,我々は赤外領域にまで手を出しつつあります。例えばパターンを投映して3次元形状を捉えるとき,このパターンを赤外で出せば目に見えず邪魔にならないので,JSTのプロジェクトで,こういうプロジェクターをドイツのフラウンホーファーらとの産学連携で作ろうとしています。赤外光は可視光と同じ光学系だと難しいので,そこをきちんと結像してくれるようなもので,なおかつ明るいものが欲しいですね。
これからは今まで人間が見えなかったものを見せる,例えば温度が見えるようになるとか,人間の眼を拡張するようなことを通じて人間が進化します。VRやARでヘッドマウントディスプレーを使った研究もありますが,私の場合はあくまで環境側が進化して,人間が新しい世界にシームレスに入れるような世界を追求したいと思います。
(月刊OPTRONICS 2020年4月号)