1.3.3 結晶
光学ガラスは製造過程で均質性を保つために結晶化を防ぐ。一方,結晶には構造に基づくクセはあるがガラスのように透過率も均質性もよい材料があり,製造面での難しさはあるものの,光学素子として使用される。前回の表4も参照しながらガラスとの比較を行ってみる。
(a)蛍石/CaF2
CaF2は結晶でありながら異方性がないとされ,望遠鏡やカメラの望遠レンズで使用されるなじみある結晶である。天然のCaF2は紫外光を当てると蛍光を発する。このため蛍石と名付けられたが,蛍光を発するのは不純物で,CaF2自体は蛍光を発しない。人工的なCaF2はBridgman Stockbarger法で作られ,大きいものではΦ400 mmを越える物も製造されている。
レンズに使われると言ってもCaF2の物性はガラスと大きく異なる。一つはAbbe数が95.1と通常のガラスと異なる分散を示すことで,これが望遠系に使われる理由である。
比重は3.18で石英の1.5倍近くある。DUV光学系は石英とCaF2で構成されるが,同形状だとCaF2が1.5倍重い。材料のg単価も石英より高い。見た目では同じレンズが比重×重量単価のダブルで効くのでコスト的に厳しいが,それでも使われるのは光学特性が代えがたいからである。
図9にCaF2の典型的な透過率と屈折率を示す。CaF2はVUVから赤外まで広い透過域を持ち,広い波長域で使用される。良い結晶であれば157 nmでも内部透過率は殆ど劣化しないが,特に200 nm付近から下の透過特性は製品のグレードの影響を受ける。実際にVUV領域までの透過が要求される応用例は限られるので,目的に応じてグレードを選べば良い。短波長で良い透過率を得る鉄則は高純度原材料の使用で,材料費が高価になるからである。どの結晶でも言えることだが,300 nmより下では可視域に比べて屈折率の波長変化が大きい。
CaF2は熱膨張係数が大きいのも特徴である。石英と比べると35倍大きいが,熱伝導率は7倍ある。dn/dTが負で大きく,焦点距離の温度敏感度が大きいことは前回の表3で示した。CaF2は急速な加熱や冷却といった熱衝撃に敏感なため,コーティングは温度制御に時間をかけて対処する。望遠レンズでは前玉に使用されるが,表面が柔らかいことも考慮し,外気に直接当って熱衝撃を受けない配置になっている。CaF2は水に溶けるため,研磨では普通のガラスと異なる条件出しがされる。
CaF2は立方晶系の代表で複屈折のない等方性光学材料として扱われてきた。しかし,結晶構造に起因する真性複屈折IBR (Intrinsic Birefringence)がDUV〜VUV領域で現れてくることが2001年に解明され2),話題となった。
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