具体的に述べると,11 00 は3-bit目のみが11 10と異なっており,このとき両者の座標は近い。その一方で,00 01は全てのbitが11 10と異なっており,このときは座標も最も離れている。くわえて,複素平面上で実軸に対して45°傾いた軸を考え座標群をこの軸へと射影することを考える。
すると,パケット間の尤度が座標上の距離に正確に一致する。なお,これは対象となるパケットを他の符号列に変えても成り立つことが分かっている。すなわち,あるパケットに対して第一象限に位置づくように位相回転量を決定することで,そのパケットに対する尤度を算出することが可能となる。これが提案する尤度算出デバイスの動作原理である。なお,本稿で触れない2つ目の遅延干渉計は,この複素座標を光強度に変換するために用いられる。
3. 光導波路による尤度算出デバイスとパケット識別動作
ここでは,先の原理に基づいてパケット識別が実際に動作することをみていく。図2には作製した光集積デバイスを示す。本デバイスはシリコン細線導波路からなる。
導波路の断面図は図2(b)に示した通りである。ここで,導波路はSiO2 に取り囲まれた構造となっており,1550 nm波長の光をシングルモードで伝搬させるために厚さが0.21 μm,幅が0.45 μmに設計されている。
また,デバイス全体は2.0×0.4 mm2の矩形型である。全体として2つの遅延干渉計を並べたものとなっており,個別の部品としては1×2カプラ,2×2カプラ,遅延線,および位相シフタから構成されている。1×2および2×2カプラはマルチモード干渉計からなり概形は図2(c)および図2(d)に示した通りである。
また,遅延線は1つ目の干渉計において100 ps,2つ目の干渉計において200 psの遅延を与えるように長さが設計されている。なお,位相シフタはTiNヒータから構成される。導波路の直上に配置されたTiNに電流を流すことでジュール熱が発生し,熱光学効果から伝搬する光信号の位相が回転するものとなっている。
当該デバイスを用いてパケット識別に取り組んだ。図3に本実験の測定系を示す。はじめに,符号列を電気的に生成し,その符号列を波長1550 nmのプローブ光に転写することでQPSK信号を生成した。このとき動作帯域は10 GHzとした。
つづいて,生成されたQPSK信号から4-bit分に相当する2シンボルを抽出し,これを光パケットとみなした。実際の測定ではさらに2シンボルを加えているが,この2シンボルは説明を省いた箇所に該当するものなので本稿では言及しない。結局,これら4シンボルを後段の集積デバイスに入力した。
このあとに集積デバイス内で何が起きるかについては前節で述べた通りである。最終的には1つの複素信号が得られ,フォトディテクタを介して電気信号に変換される。その後,オシロスコープを用いて波形を観察した。
本実験では,4-bitのパケットとして00 00,01 01,10 10,および11 11の符号列を用いた。また,集積デバイスでは00 00,01 01,10 10,および11 11の符号列を比較対象に選び,尤度算出デバイスとして正しく動作するように所望の位相シフトを設定した。
図4に測定結果を示す。パケットと比較対象の組み合わせに応じて16個の時間波形が観測された。図4において,横の行は比較対象となるパケットを表す。また,縦の列は入力されたパケットを表している。なお,波形中央のグレーでハイライトされた部分が対象となる複素信号である。詳細な説明を省いたが,出力信号は差動検波しており出力波形はゼロを中心として負から正の値をとる。
ここで第一行に注目しよう。図4(a)では強度が最も大きく,図4(b)および図4(c)では強度がゼロに,図4(d)では強度が最も小さくなっている。第一行は比較対象を00 00 としたものである。すなわち,パケットが00 00 にどれだけ似ているかを表したものとなっている。実際にパケットが00 00と等しい場合には強度が大きく,異なる場合にはその違いに応じて強度が低下している。
これは前節の原理通りであることからデバイスが正しく動作していると分かる。なお,比較対象が異なる場合にも同様の結果が得られた。第二行,三行,および四行では,比較対象が01 01,10 10,および11 11となる。このときにも,入力パケットに応じて両者が似ているほど強度が大きく,似ていないほど強度が小さくなる様子が観測された。
さらに,強度の大小が対象符号との尤度に正確に一致することが確認された。したがって,適当な閾値を設けることで,当該デバイスを用いて光パケットを識別できることが分かった。このことから,動作速度10 GHzにおいて4-bitのQPSK信号からなる光パケット識別を実証することができた。