1. はじめに
尤度とは「もっともらしさ」を表す言葉である。したがって,尤度算出デバイスはもっともらしさを計算する装置だといえる。これを光導波路にて実装したものが本稿で紹介する技術である。
もう少し正確に伝えてみよう。本デバイスは,与えられた光信号列が対象となる符号列に対して如何にもっともらしいか,すなわち対象にどれだけ似ているのかを定量的に算出する技術である。
尤度の算出は通信技術と相性が良いことから様々な用途で求められる。光通信の領域であれば,パケット識別/適応等化/最尤推定/コンパレーター/論理演算などが挙げられる。なかでも,パケット識別はその波及効果から注目が大きい。一般にパケットの識別処理は電子の領域で行われる。
そのため,光として送られてきた信号をいったん電子に変換する必要がある。このような処理がインターネット上のネットワーク機器で逐一行われていたら不便である。また,消費電力も馬鹿にできない。そういった理由から,光の信号を光のままで識別できたらよいのに…,という需要が発生する。本稿で紹介するデバイスはそんな光パケット識別を実現する技術である。
実のところ,光のパケット識別技術は数多く存在する。ただし,時代の影響を受けやすく現在までに大きく変遷してきた。過去には符号分割多重という通信方式が注目され,その際には光の相関現象を利用した技術が多く研究された1~3)。
しかしながら,通信方式の変化に伴って今では影を潜めてる。一方,通信方式の影響が小さい技術も存在する。Martinezら4),Kurumidaら5),Moriwakiら6)が手掛けた技術は代表的なものであり,変調方式のみに依存していることから汎用性が高い。しかしながら,多値の変調信号には応用できないという欠点もある。通信方式にも変調方式にも拘束されない技術があればよいが,光の性質を利用したものである以上はなかなか難しい。
本稿では,多値変調にも適用した尤度算出技術を紹介する。また,本技術を用いて多値変調に対するパケット識別技術の成果を示す。本技術は,残念ながらすべての変調方式に適用できるものではない。しかしながら,それでも位相変調であれば任意の変調方式/任意のビット長への適用を可能とする。ますます多様化する通信方式/変調方式のなかにあって,高い拡張性を有した技術だといえる。