5. 生分解性バイオマス繊維強化プラスチックの非破壊検査
最後に欠陥検出までには至っていないが,我々が非破壊検査分野へのPAI技術を適用する際のモデルケースとして取り組んでいる,生分解性バイオマス繊維強化プラスチックの非破壊検査について紹介する。
PAIによる内部非破壊検査を行うためには,まず計測対象の光学的及び音響的特性を把握する必要がある。強い散乱体である生体やプラスチックに入射した光は多重散乱の影響を受けるため,光学特性を直接的に計測することは困難である。そのため,多重散乱によって拡散した透過光や反射光を積分球を用いて計測し,その結果を光学散乱モンテカルロシミュレーションと比較することによって,吸収係数,平均自由行程,異方散乱パラメーターを推定する手法(Inverse adding doubling法30))を用いて間接的に光学特性を得た。
図10〜図12に生分解性バイオマスプラスチックであるポリ[3-ヒドロキシ酪酸](P(3HB))31)と,生分解性バイオマス繊維強化プラスチックであるセルロース繊維強化P(3HB)の推定光学特性(吸収係数,平均自由行程,異方散乱パラメーター)の波長依存性を示す。
マトリクス樹脂単体であるP(3HB)ではみられない吸収が,セルロース繊維強化P(3HB)において1500 nm付近においてみられる。この吸収はセルロース単体での光学特性評価でもみられるため,強化繊維として添加したセルロースに起因する吸収と考えている32)。一方,1050 nm前後や1300 nm前後の波長では,P(3HB)とセルロース繊維強化P(3HB)で,大きな吸収係数差がみられないため,1500 nm前後と1050 nm前後の2波長,もしくは1500 nm前後と1300 nm前後の2波長にて光音響計測を行うことで,P(3HB)中のセルロース繊維分布をイメージングすることが可能ではないかと期待できる。
図11,図12は平均自由行程と異方散乱パラメーターの推定値を示しており,これら推定光学特性(吸収係数,平均自由行程,異方散乱パラメーター)を用いることで,光吸収空間分布をシミュレーションより導くことが可能である。
PAIによる非破壊検査に先立ち,1050 nm前後の波長として,パルス固体レーザーとして一般的なNd:YAGレーザー(波長1064 nm)を用いて,1 mm厚P(3HB)のPAIを試みた(図13)。波長1064 nmにおいては,特異な吸収が見られないため,裏面に黒インクで直線状にマーキングを施し,検出するために十分な光音響波が裏面からにおいても得られることを確認した32)。
光音響波計測に用いたトランデューサの焦点距離は10 mm,周波数は15 MHzである。このPAI像の再構成においては,レーザー加振によって誘起された多重反射エコーをFFT解析することによって,平板の厚さと卓越周波数から推定された音速を用いた。今後は波長1500 nm前後のパルスレーザーを用いて同様の計測を行い,吸収差による光音響波強度差より,P(3HB)中のセルロース強化繊維分布のイメージングを行う予定であり,このアプローチは強散乱体である様々な繊維強化プラスチックや生体,農畜水産物に適用可能であると考えている。