ITOおよびIZOに代わる酸化インジウム系透明導電材料開発の試み

3. 性能評価に基づく優位性と課題

本材料に関するドーパント含有量,スパッタ成膜およびアニール条件の最適化については現在進行中であり,以下は先行予備実験データを含むことをご了承いただきたい。

図2 ガラス基板上に成膜したITOおよびB-doped In2O3の波長200〜1100 nmにおける透過率。測定データはガラス基板を含む。
図2 ガラス基板上に成膜したITOおよびB-doped In2O3の波長200〜1100 nmにおける透過率。測定データはガラス基板を含む。

前項で述べた設計概念に基づき,In2O3にB原子を混入した焼結体を準備し,スパッタリングにて成膜したTCOを評価した。B原子のドープ量は,焼結体全体に対して10原子%のものを用いた。また,成膜はRFスパッタを用い,酸素分圧を変えながらガラス基板上に膜厚100 nm堆積させた。比較サンプルとして,同一条件のITO(ターゲット組成は,In2O3:SnO2=90:10 wt%)も成膜した。なお,評価サンプルはすべて未熱処理のものである。

図2は,紫外−可視光領域における透過スペクトルを示す。透過率は,開発したBドープIn2O3およびITOともにガラス基板を含む。全体を通して,BドープIn2O3薄膜はITOよりも高い透過率を示した。また,4探針抵抗測定器にて評価した抵抗率は,成膜直後のas-depo膜にてITOが7×10–4 Ωcmであったのに対し,BドープIn2O3では1.1×10–3 Ωcmであった。現段階で,成膜条件およびアニール条件の最適化が不十分なことから,条件の調整により,さらなる低抵抗化が期待できる。

図3 ガラス基板上に成膜したITOおよびB-doped In2O3のXRDスペクトル。破線は,立方晶(ビックスバイト構造)のIn2O3における(222)を示す。
図3 ガラス基板上に成膜したITOおよびB-doped In2O3のXRDスペクトル。破線は,立方晶(ビックスバイト構造)のIn2O3における(222)を示す。

図3に,BドープIn2O3,ITOおよびガラス基板のXRDスペクトルを示す。破線は立方晶(ビックスバイト構造)のIn2O3(222)ピークである。評価サンプルは,透過率測定と同様,未熱処理のものである。ガラス基板に対して,BドープIn2O3ではIn2O3(222)と同位置にピークがあるが,非常にブロードであることからアモルファス性が高く表面平坦性に優れると言える。結晶化した薄膜では,結晶粒に起因する表面の凹凸,および不均一性に伴って面方向の電気伝導度の低下が生じるが,アモルファス構造では平坦な連続した薄膜を形成できるため,このような粒界を起因とする電気特性の劣化が生じにくい。また,ドーパントとして導入したB原子由来のピークが見られない。これは,イオン半径の小さいB原子がIn2O3マトリックスに導入され固溶体を形成していることを意味する。BドープによりIn2O3の構造が崩れ,結果としてアモルファス性が高くなったこととして理解できる。このため,汎用の弱酸ITOエッチャントでも容易にエッチング可能であり,23℃で30 nm/min程度のウェットエッチングレートを確認している。

図3に示したように,ITOでは結晶化に由来するピーク群が見られる。このように結晶化度の強い状態ではウェットエッチングは厳しくなる。一方,BドープIn2O3はITOが結晶化する条件で成膜しても結晶化せず,ウェットエッチ可能な幅広い成膜マージンを有しているといえる。また,薄膜では一般に応力歪みにより格子定数が大きくなるため,XRDスペクトルのピーク位置が低角側にシフトする。In2O3(222)のピーク位置に着目すると,ITOは低角側にシフトしており,格子定数が大きくなっていることを示す。これに対してBドープIn2O3ではIn2O3(222)に相当するピークは高角側にシフトしており,格子定数が小さくなっていることを示している。

これは,イオン半径の小さいB原子がドープされた結果であり,格子定数の縮小は酸化インジウム系導電物質でキャリア伝導パスを形成するIn5s軌道の波動関数の重なりを大きくし,移動度の向上につながるものと期待される16, 17)。実際,Buchholzらの解析結果に基づけば,In2O3系導電膜ではIn原子間の結合距離と移動度との相関が報告されている18)。他の透明導電膜用途の代替材料に対するBドープIn2O3の優位性について述べる。現在検討されているITO代替材料としては,グラフェンあるいはAgナノワイヤーが知られている。グラフェンは,炭素原子1層分の厚みながら極めて高い移動度を示すこと,および原子1層分であるため光吸収が少ないことなどから,次世代の透明導電材料として優れた候補である。

しかしながら,成膜温度がITOと比べて非常に高く(一般に800℃以上),使用する基板が限定される。このため,導電膜として使用するには複雑な転写プロセスが必要となり,既存の製造ラインを大幅に変更する必要があることから量産向けのハードルが上がってしまうことが課題である。一方でAgナノワイヤーは,Ag由来の低い抵抗率を有するナノワイヤーでネットワークを形成することで,本質的に光透過性の低いAgに対し,ナノワイヤー密度の低い領域の透過率を高めている。

分散溶液の調整により,印刷プロセスなどのウェット低温成膜が可能である一方,材料コストが高く,また腐食に対する長期安定性の問題や,ワイヤー形状であるゆえに必然に凹凸表面になるなどの課題を有する。これらに対して本提案のBドープIn2O3は,原料の置き換えのみで既存のITO成膜装置群がそのまま使えることが特徴である。BドープIn2O3の想定用途としては,高い透明性を活かしたタッチパネルや薄膜太陽電池の電極などへの応用が期待される。また,成膜条件により抵抗率の制御が可能であることから,透明抵抗体としてヒーターなどへの展開が可能である。

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