高複屈折性材料を指向した含硫黄液晶分子の開発

1. はじめに

液晶ディスプレイ(以下,LCD)の普及に伴い,液晶という言葉が身近なものとなった。液晶は,三次元的な配向秩序により異方性を有する結晶と,配向秩序がなく流動的な等方性液体の間に発現する中間相である。異方性と流動性の両性質を兼ね備えるため,電磁場や擦り,延伸などの外力により分子配向の制御が可能となる。LCDの中では液晶分子が偏光のシャッターとして利用されている。

液晶は棒状や円盤型などの分子の形状に起因した凝集により発現し,様々な種類の相がある。LCDに代表される液晶を用いた光学材料には,分子の重心の位置の秩序がなく,流動性の高いネマチック(N)系液晶がもっぱら用いられている(図1)。「液晶=テレビ」という認識が世間的には強いと思われる一方で,液晶研究者はLCD1)の他にも,液晶というユニークな場を利用した出口を模索する研究も活発に行っている。
図1 ネマチック相のイメージとその屈折率楕円体6)。
図1 ネマチック相のイメージとその屈折率楕円体6)

高い複屈折性を有する液晶分子は,円偏光反射フィルム2),レーザー発振用フィルム3),焦点可変液晶レンズ4)およびホログラム材料5)など様々な光学材料への応用が期待される。従来,光学的異方性を有する材料は,有機および無機化合物の単結晶の合成,精密加工や積層および蒸着といった高度な技術に大きく依存してきたが,液晶の優れる点としては自発的な分子配向の制御が可能であることから,加工性の付与や低コスト化に寄与できるため,高複屈折性液晶分子の開発には意義がある6)

複屈折(Δn)とは,ある方向間における屈折率の差である。正の一軸性の複屈折性を有する棒状分子のN相においては一般に,分子長軸方向の異常光屈折率(ne)および常光屈折率(no)の差(Δn=neno)を意味し,図1に示す屈折率楕円体で表される6)

図2 Vuksの式(左)およびπ共役系の拡張による分極率と屈折率の変化8)。
図2 Vuksの式(左)およびπ共役系の拡張による分極率と屈折率の変化8)

屈折率はLorentz-Lorenz式で表されるが,異方性媒体である液晶では図2に示すVuksの式によりneおよびnoにそれぞれ拡張される7)。そのため,複屈折の大きな分子(材料)を作りたい場合は,特に高いneを発現する分子の合成が有効であり,大きな分子長軸方向の分極率(αx)を有する分子を設計する必要がある。その方法として,分子構造的観点からは,芳香環や不飽和結合の直線的な連結によるπ共役系構造,シアノ(CN)基,イソチオシアネート(NCS)基などの分極率の大きな置換基の導入,炭素数の短い置換基が有効である。図2に密度汎関数法(DFT)を用いた分子計算により求めた,分子分極率の成分と,実際に測定した屈折率および複屈折の値を示す。π共役系の拡張は,主にαxの向上に寄与し,これら分極率特性は,実測の屈折率特性とも大まかに一致していることがわかる8)

同じカテゴリの連載記事

  • 竹のチカラで紫外線による健康被害を防ぐ 鹿児島大学 加治屋勝子 2024年12月10日
  • 光周波数コムを用いた物体の運動に関する超精密計測と校正法 東北大学 松隈 啓 2024年11月10日
  • こすると発光色が変わる有機結晶の合理的創製 横浜国立大学 伊藤 傑 2024年10月10日
  • 光ウェアラブルセンサによる局所筋血流と酸素消費の非侵襲同時計測 明治大学 小野弓絵 2024年09月10日
  • 関心領域のみをすばやく分子分析するラマン分光技術 大阪大学 熊本康昭 2024年08月12日
  • 熱画像解析による土壌有機物量計測技術の開発 大阪工業大学 加賀田翔 2024年07月10日
  • 組織深部を可視化する腹腔鏡用近赤外分光イメージングデバイスの開発 (国研)産業技術総合研究所 髙松利寛 2024年06月10日
  • 8の字型構造の活用による高効率円偏光発光を示す第3世代有機EL材料の開発 名古屋大学 福井識人 2024年05月07日