大阪大学,京都府立医科大学,理化学研究所は,生体試料を凍らせて分子を高感度観察できるラマン顕微鏡の開発に成功した(ニュースリリース)。
ラマン顕微鏡は,生体分子の構造,種類,周辺環境を反映した光(ラマン散乱光)を検出し,それらの空間分布を画像として与える。生体試料内部に存在する様々な分子の情報を取得できるため,生体試料観察への利用が近年進んでいる。
しかし,ラマン散乱光は非常に微弱であるため,低濃度物質の検出や高信号対雑音比でのラマン観察では,高い強度のレーザー光による試料ダメージや,観察中の試料の状態変化により,正確な情報が得られないという課題があった。
研究グループでは,独自の試料チャンバーを開発し,-185度の液体寒剤を直接接触させることにより顕微鏡上の生体試料を急速に凍結し,その後も試料を低温状態に維持したまま光学イメージングできる顕微鏡を開発した。
これにより,試料の物理的,化学的な状態を維持したまま,光照射による試料ダメージや変化を抑制しつつ,長時間のラマン観察が可能となった。微弱なラマン散乱光を,時間をかけて集めることが可能となり,細胞内分子を従来よりも高感度に検出することに成功した。急速凍結後の試料は,液体窒素の循環とヒーターにより,精密に温度制御された条件下で観察される。
実験では,開発した顕微鏡を用いて,急速凍結固定された細胞の長時間のラマン観察を行ない,従来法と比較して約8倍のラマン信号を取得できることを確認した。さらに,虚血性ラット心臓組織内のシトクロムcの酸化還元状態を急速凍結固定してラマン観察し,未固定の生きた試料では観察できなかった,虚血状態と正常状態の心臓組織内におけるシトクロムcの酸化還元状態の違いを示す顕微鏡画像を初めて取得した。また,細胞観察で認識できる分子種の数を従来比2倍程度の9種類にまで増やすことにも成功した。
研究グループは,この成果により,従来のラマン顕微鏡では観察が難しいとされてきた,薬剤などの低濃度で生体試料内に存在する分子を高感度でラマン観察する可能性が開かれたとする。さらに,試料内の様々な生化学反応を急速に固定できるため,従来のラマン顕微鏡の時間分解能では観察できなかった,生命活動の瞬間における分子の化学状態も観察が可能になった。また,各種細胞関連産業で利用される凍結細胞の非破壊観察や,それによる細胞の評価への応用も期待されるとしている。