東京大学と大阪公立大学大学は,擬一次元量子反強磁性体の磁区を光学的手法で簡便かつ短時間で可視化する方法を開発した(ニュースリリース)。
反強磁性体,中でも擬一次元量子反強磁性体は,次世代エレクトロニクスへの応用が期待されるため,さまざまな研究が行なわれている。しかし,反強磁性体の磁区観察において擬一次元量子反強磁性体は磁気転移温度が低く,かつスピンの秩序化成分が小さいことから従来の手法での観察は難しいと予想され,これまで報告されていなかった。
研究グループは,一部の反強磁性体では方向二色性と呼ばれる光学現象を用いることで,磁区を可視化できることを2020年に世界に先駆けて報告している。方向二色性とは,スピンの方向を反転すると物質の光吸収の度合いが変化する現象で,その発現には空間反転対称性と時間反転対称性の破れが必要となっている。
今回の研究では,このような対称性の要件を満たす擬一次元量子反強磁性体として四半世紀もの研究の歴史をもつ,擬一次元量子反強磁性体BaCu2Si2O7に着目した。この物質では,最小のスピン量子数(S=1/2)をもつ銅イオン(Cu2+)がジグザグのチェーン状に並んでおり,イオンのジグザグ配列とスピンの上下方向の配列が組み合わさることで対称性が破れ,方向二色性が発現すると考えた。
これにより,試料に光を当てた際の透過光の強さの違いによって磁区Ⅰと磁区Ⅱを識別できることになる。この原理を利用すれば,光学顕微鏡という簡便な装置で磁区や磁壁の空間分布を可視化できると着想した。
まずBaCu2Si2O7の光学的性質を調べ,方向二色性が現れる光の入射方向や波長を突き止めた。そして,この条件のもとで光学顕微鏡を用いて単結晶試料を観察した結果,明瞭なコントラストが確認された。明と暗の領域はそれぞれ異なる磁区に対応している。
また,異なる磁区の境界すなわち磁壁は直線状となっており,その方向はジグザグ鎖の方向と一致していることが分かった。さらに,一定の外部磁場を与えた状態で電場を印加すると磁壁が動き,その運動の前後において磁壁の方向が保たれていることを発見した。今回の研究で初めて,擬一次元量子反強磁性体の磁区パターンの観察と,磁壁の制御に成功した。
研究グループは,今回の観察手法をさまざまな擬一次元量子反強磁性体に適用することで,新たな知見が期待され,反強磁性体を用いた次世代エレクトロニクスの設計に役立つとしている。