東京大学の研究グループは,熱揺らぎによって物質表面に発現する熱励起エバネッセント波を,ナノスケール分解能で分光測定する技術を開発した(ニュースリリース)。
微細パターン内で生じる熱励起雑音の同定技術として,研究グループでは,50nm以下の径を持つ金属探針先端で熱励起エバネッセント波を散乱させ,共焦点光学系を通して低温部の高感度検出器CSIPで検出するという,パッシブ近接場顕微鏡を以前開発し,20nmの空間分解能による熱励起エバネッセント波の検出に成功していた。
しかし,これまでのパッシブ近接場顕微鏡では分光測定ができなかったため,物質表面ダイナミクスの詳細な評価ができていなかった。研究グループは,パッシブ近接場顕微鏡にグレーティング型の分光光学系を導入し,熱励起エバネッセント波の分光測定を試みた。
常温部に分光光学系を導入すると光学素子が輻射による背景雑音を出して検出信号がノイズに埋もれてしまうため,分光光学系を4.2Kのクライオスタット内に組み込むことが肝要だった。
測定実験では,特に熱励起エバネッセント波の主要波長で表面フォノン共鳴を持つ誘電体(GaN,AlN)に焦点を当て,測定波長を変えながら各波長における減衰曲線を測定し,表面フォノン共鳴波長に近い場合と遠い場合で減衰曲線に非常に特徴的な差が現れることを発見した。
例えば,波長14µm近傍で減衰曲線を計測すると,表面フォノン共鳴波長が遠いAlN(共鳴波長:11.8µm)の場合は,数10nmで減衰するという,熱励起エバネッセント波理論に特徴的な信号が得られている。
一方,表面フォノン共鳴波長が近いGaN(共鳴波長:14.1µm)の場合は,共鳴波長と同じ波長で無いと信号が観察されず,かつ減衰距離は,理論よりはるかに長い数100nmだった。この結果は,表面フォノン共鳴波長に近い波長帯においては,表面フォノンポラリトンのみが存在しており,様々な波数を持った高周波熱揺らぎがほとんど存在していないことを強く示唆している。
これは,すべての波長において熱揺らぎが存在し,かつ減衰距離が短いという熱励起エバネッセント波の基礎理論と異なる結果であり,熱励起エバネッセント波に関する理論を補正する必要があるという新しい知見となったという。
一方,研究グループは,パワー半導体で使用されるGaN,AlNにおいて非常に特徴的な信号が高分解能(20nm)で得られていることから,パワー半導体の微小デバイス内における熱励起雑音の評価など,デバイス最適設計にこの計測技術を適用することも大きく期待されるとしている。