名古屋大学の研究グループは,近赤外領域に吸収帯および蛍光帯を示す反芳香族性分子の開発に成功した(ニュースリリース)。
近赤外領域に吸収や発光特性を示す有機分子は,ヘルスケア用途に応用可能な光エレクトロニクス材料や,生命科学研究の基盤技術となる蛍光イメージングの進展において,強く求められている。
そのような分子を設計するための従来の代表的な戦略は,π共役骨格を大きく拡張することだった。しかし,この戦略により得られる色素では,π共役骨格間に働く強い相互作用に基づく溶解性の低下や,脂溶性の増加がしばしば問題となる。そのため,優れた近赤外発光特性を有するできるだけ小さな基本骨格の開発が望まれていた。
この課題を解決するために研究グループが注目したのは,反芳香族化合物がもつ狭いHOMO−LUMOギャップ。従来の反芳香族化合物は類似の芳香族化合物と比較し,HOMO−LUMO間のエネルギー差が小さいため,長波長領域での吸収や蛍光波長の観点では適していなかった。
しかし,それに対応する電子遷移は起こりにくく,発光性を示すものはほとんどなかった。これに対し,今回の研究では,反芳香族性を示す含窒素7員環であるアゼピンに芳香族ヘテロ環であるチオフェンを縮環したジチエノ[b,f]アゼピンが,近赤外発光色素の基本骨格として有用であることを明らかにした。
まず研究グループは,ジチエノ[b,f]アゼピンに電子受容性基を置換した誘導体1を設計し,その合成を達成した。単結晶X線構造解析により,この分子のアゼピン部位の7員環は平面構造をとっていること,また結合長の評価から,この分子がアゼピン部位の窒素を介し,分子末端の2つの電子受容性基をつなぐポリメチン型の共鳴構造1’の寄与をもつことを明らかにした。
これに対し,チオフェン環をベンゼン環に置き換えた類縁構造のジベンゾ[b,f]アゼピン誘導体2は,屈曲したアゼピン部位を含む湾曲構造をとっていた。この立体配座の大きな違いを反映し,両者は大きく異なる吸収および蛍光特性を示した。
すなわち,誘導体1と同じ電子受容性基をもつ湾曲したジベンゾアゼピン誘導体は,吸収及び蛍光極大波長を446,621nmに示したのに対し,高い平面性をもつジチエノアゼピン誘導体では,700nmを超える長波長域に吸収および蛍光が観測され,チオフェンの縮環が吸収や発光の長波長化に有効であることが示された。
研究グループは,今回の成果は,小さな骨格で近赤外発光材料を設計する上での,新たな戦略として期待されるとしている。